お盆・盂蘭盆会 | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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お盆・盂蘭盆会

亡き⼈から私へ─ お盆のご案内

亡き人を案ずる私が
亡き人から案じられている。
いのちと向き合う時間を。
Time to face life.

浄土真宗の門徒は、亡き人を「諸仏」といただいてきました。 諸仏とは、私たちを人間としての真実の生き方へと導いてくださる仏さまのことです。
亡き人を、「真実に目覚め、真実に生きよ」と呼びかけてくださる「諸仏」といただき、
今を生きる私自身が、真実の教えを聞くことこそ、亡き人を本当に尊ぶことになるのです。

浄土真宗の
お盆の基礎知識
Basic Knowledge of Jodo Shinshu's Bon Festival

お盆の由来

「お盆」は、正式には「盂蘭盆」といい、「倒さに懸ける(倒懸)」という意味で、お釈迦さまの弟子である目連尊者の亡き母が餓鬼道がきどうに落ちている姿を譬たとえたものです。目連尊者はその母を救おうとして、最後に行き着いたのがお釈迦さまの教えでした。その教えは、多くの仲間とともに真実の教えを聞くことであり、それで母を救い出すことができたというのが『盂蘭盆経』の物語です。

浄土真宗のお盆の迎え方

この『盂蘭盆経』物語をおもうとき、浄土真宗ではお盆をお迎えするにあたっては、特別なお供え(野菜で作る馬や牛など)をすることではなく、改めて亡き人を偲びながら、“いのち”の事実とその“いのち”にかけられた深い願いに耳を傾けることを大事にしてきました。
お寺やご家庭のお内仏(お仏壇)、お墓へのお参りを通して、いま生きているこの私の“いのち”や人生を振り返る時間として過ごすのが、浄土真宗の「お盆」の迎え方です。

お盆の準備

お内仏を清掃し、打敷をかけ、供物を供えます。
打敷をかけるスペースがなければ、ご用意いただかなくても結構です。
蝋燭ろうそくは朱色(赤色)をご準備ください。

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コラム Column

胸に残されたもの

藤井 眞翔 ⻑崎県・⻄光寺

今年もお盆をむかえる。歳をかさねるごとにお別れをする⼈が多くなってきている。悲しさや寂しさや悔しさが⼊りまじった、ふくざつな気持ちを抱えながら⼀年がたってしまった。
お別れをしたつもりが、ふと、まだどこかにいるのではないかと思ってしまうことがある。「もういないのか…」という気持ちがかえってその⼈を憶おもわせているのか、いないと思えばこそ、いよいよ亡き⼈への憶おもいがつよくなってくる。「恩愛おんないはなはだ断ちがたく」と、近しい⼈への情愛はたやすく切れないものと教えられてはいたが、この胸にあるやり場のない気持ちに⼾惑ってしまう。

⾦⼦⼤榮かねこだいえい⽒が、あるお話のなかでこのようなことを⾔われている。
死んでいく⼈は、なにか滅びざるものを残していく。親が死んでいくときには滅びないものを⼦供の胸へ残していく。そういうことがある。そういうところに亡き⼈を拝むというこころがあるのでありまして、みな置いていったものは不滅なるものである。

(『⼤無量寿経総説だいむりょうじゅきょうそうせつ』春秋社)

亡き⼈は私の胸に〈滅びざるもの〉を残していく。どうしても胸から消えないものを置いていくのだという。この〈滅びざるもの〉は無形の形⾒として、私の⽣涯のなかで活いき続けていくものなのだろう。思い出も⾯影も、⾔葉にできない悲しみも、亡き⼈へ懐いだくものは形を持たない。しかし、それらは私を仏前にみちびき、⼿を合わさせる。胸に残されたものは合掌という形にかわっていく。

⾼校⼆年⽣の五⽉、認知症の祖⺟は亡くなった。祖⺟は認知症になってから⾃分でできることが⼀つずつ減っていき、亡くなる数年前は⾔葉すらも発することができなくなっていた。さいごはその⾝のすべてを⺟と叔⺟にゆだねて、声なく静かにその時をむかえた。祖⺟のことで後悔していることがある。⽇常的に⺟と叔⺟がする介護の⼿伝いをしていたが、さいごのさいごにその場から逃げてしまったことである。亡くなる前に、下⾎した祖⺟に対してガーゼなどで応急処置をしなくてはいけなくなった。逃げたのは、そのときのことだ。「祖⽗のときは何もできなかったから、せめて祖⺟のときは…」と⼝にしていたが、それも逃げたことで嘘になってしまった。

親鸞聖⼈しんらんしょうにんが「外に賢善精進けんぜんしょうじんの相を現ずることを得ざれ、内に虚仮こけを懐いだければなり」と聞きとった善導⼤師ぜんどうだいしの⾔葉がある。外に良い姿をするな、内にはうそいつわりを懐いだいているのだから、と。この⾔葉にすくわれた。介護を⼿伝っている⾃分は「誠実でなければならない」という意識が、逃げた⾃分を許さなかった。しかし、この⾔葉がその意識から解放し、⾃分の姿を照らし出してくれた。

記憶の引き出しが上⼿くいかなくなり、さいごは寝たきりになった祖⺟との⽣活や死をとおして、⼈が「死ぬ」とはどういうことなのか、また死ななければならない⾝を「⽣きる」とはどういうことなのか。そういう答えてみようのない問いを、祖⺟はこの胸に置いていった。⼗数年をへた今、それらの〈滅びざるもの〉は、たびたび私を⽴ち⽌まらせ問いかけてくる。

亡き⼈へ懐いだくさまざまな気持ちを断つことはできない。断ちがたいから、今年のお盆も私は胸に残されたものを抱えて仏の前にいき、⼿を合わせる。亡き⼈への憶いは合掌となり、その合掌はやがて私に南無阿弥陀仏なみあみだぶつを⼝にさせてくれる。

よくあるご相談 FAQ

お盆にはお墓とお内仏(仏壇)どちらにお参りするのが正しいでしょうか。

どちらでも構いません。お墓もお内仏もどちらも「南無阿弥陀仏」のご本尊に手を合わせることに違いはありません。

仕事の都合でお盆の時期にお墓参りにいけません。その場合はどのようにお参りしたらよいでしょうか。

お盆の時期を過ぎてから、お参りいただいて結構です。または、ご自宅のお内仏(仏壇)にお参りをしてください。

ご家族でのお盆法要について

真宗会館では、7月から8月にかけて、ご家族ごとの個別お盆法要を承っております。
法要は、真宗会館またはご自宅などご希望の場所にて執り行います。

新盆(初盆)法要について

新盆とは、故人のご命終をあらためて受けとめ、その方を偲びつつ、自らのいのちを見つめ直す大切なご仏縁です。
ご家族単位で、落ち着いた環境の中、丁寧にご法要をお勤めいたします。

お申込・お問い合わせ

ご希望の日時・会場などをお伺いし、個別にご相談を承ります。お問い合わせは「法要係」03-5393-0810までお気軽にご連絡ください。

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