コラム|朝、冷たくなってたら 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館

2023年11月01日

Category サンガコラム終活

朝、冷たくなってたら

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.74

 外来診察中にポケットの携帯電話が鳴る。「今、いいですか?」。「どうぞ」と答えた。知り合いの和尚さんから。「往診、一人頼めませんか。詳しくは手紙を送りますので」。翌日、手紙が届いた。

 ―老々介護の二人暮らしの檀家のKさん。今まで近くの医院に通院していたが歩けなくなり、食べなくなり、寝たきりになった。往診を頼んだら「うちは往診はできない。どこかよそに」と断られた。奥さん急に先のことが心配になった。もし朝起きて冷たくなっていたらどうしよう、誰に診断書、書いてもらえるのだろう。そう思うと居ても立ってもおれず、眠れず相談に見えた。よろしく。(抄)

 こんな時、あれこれ迷わず考えず、とにかく現場へ直行するのがいい。隣りには広い公園があった。「おじゃまです。診療所ですー」と玄関に入った。「すみません、勝手言いまして」。と人のよさそうな奥さんが出てきた。奥の和室の畳の上の布団に、旦那さんは横になっていた。介護ベッドの方がいいのにと思ったが「ベッドはいやだと言います。食べれません、トイレに這っていきます。途中で失敗します」と小声で奥さん。旦那さん、朝鮮に生まれ福岡で育ち、鳥取に来た。昔、地元の銀行で専務だった。

 訪問看護師が、毎日点滴に通うことになった。猛暑日が続いた。衰弱すすみ這う力もなくなった。10日目の昼過ぎ、他の家へ往診中、携帯電話が鳴った。診療所から。「Kさんの家から、息してないみたいって電話がありました」。直行した。奥さん慌てている。旦那さん、息を終えておられた。「そうですか。でもよかった。こうして毎日来ていただいて」。寝床は汚れていて、新しい布団に3人で移した。「おばは従軍看護師でした。姪も看護師。看護ってこんなに大変なんだ、と初めて知りました」。

 看護師はエンゼルケアをし、ぼくは死亡診断書を書きに診療所に戻ることにした。見送りに玄関まで奥さんが来ておっしゃった。「ほんとに助かりました。先生、私の時の死亡診断書も頼めますか?」。答えにくい問い。軽く頷く。「よかった、頼みますー」。

 

 

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』(共著)など多数。

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