2019年10月22日

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お寺の掲示板Vol.6

道に迷うことこそ
道を知ることだ
(アフリカのことわざ)

出入り口に一番近いカウンターが彼の指定席。仕事帰りに今日もロックグラスを片手にたたずむ。几帳面なその紳士は、一日の出来事をこまめに記し、溶けた氷をゆっくり馴染ませて一口また一口と味わう。グラスから発する瓊音を聞きながら、見つめる眼差しには、何が映っているのだろうか?

手帳に挟んでいる写真と共に、一つの文章が目に入る。

人生に口ずさむ言葉を持て!

積み重ねた年輪には、数えきれない経験とその経験に基づく判断基準が用意される。同時に積み重ねてきた一文字一文字には、強弱と濃淡が混ざりあい、照らされた姿色に投影される。

私の歩みを保たたせている言葉とは一体何なのか。日々の生活の中で常に響き続けている言葉とは一体何であろうか? 一つの行動をとるとき、一つの判断をするとき、一つの決断がせまられるとき、二者択一、三者三様の中で、目標となり心持ちともなる言葉とは。

 

何気ない問いかけに、答えにもならない言い訳が空音として並ぶ。 人生 という道の重さと、それに反比例して無限に続くかのように軽く見ている日常の存在。過ぎ去った出来事の、むしろ切り捨てた選択肢への理由を本当に納得していたのか、そんな言葉が聞こえてくる。

損得・優劣・悲喜・好悪。瞬時に二極化し分別する指標に、その判断を今一度思いとどまらせる内なる声が常に必要なのであろう。その声こそ、自らが自らを自覚的に呼び起してくれる、しかも生活の中で無意識に憶念していた言葉そのもののように感じる。

同時に、その考えを打ち消す言葉も聞こえてくる。行動を起こすそのときに説明や理由よりも、 何となく 雰囲気が といった感覚的判断や曖昧さをどこかで残しておきたいと。

しかし、迷い憂うときこそ、私をあらためて知る本当の出遇いとなる道そのものである。そして、紆余曲折さまよい続けた道であっても、振り返った道は一本道として 今 に続いている。

齢70を超えたその紳士には、いったいいくつの言葉が上書きされてきたのだろうか。そしてまた、今口ずさんでいる言葉も人生の通過点の一つでしかならないのだろうか。

 

空席となったその場所に置かれた明日へのリザーブが、人生の青写真をリストラ(再構築)する大きな問いとなって私に響いてくる。

 

 

比良 卓(ひら・すぐる)/滋賀県・本立寺住職

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