社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(2) | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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親鸞フォーラム

社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(2)

社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(2)

2017年3 月19日、丸ビルホール&コンファレンススクエア(東京都千代田区)を会場に「親鸞フォーラム―親鸞仏教が開く世界」が開催されました。本抄録は「社会× 共育× 仏教-育つ力、育む力―」をテーマに行われたシンポジウムの内容です。

パネリスト 齋藤 孝 氏 小島 慶子 氏 一楽 真 氏 コーディネータ 本明 義樹 氏

「雑談力の練習」で社会性を育てる

齋藤 私は今、明治大学で中学、高校の教師の養成に携わっているのですが、今の日本では、学校が子どもの生活の中で大きい比重を占めているという現状があります。学校で友達関係がよくなくなると居場所がなくなってしまう。本来は、学校の他に、家庭や地域社会というところが割合としてあったと思うのですが、今、地域社会が以前ほど機能しなくなっているために、子どもの生活が、かなりの部分、学校で占められている。その学校の人間関係を教師が全部整えるというのは、なかなか難しいことなのです。その難しいところで仕事を、教師たちはしているということです。

 例えばブラック企業ということが問題になっていますが、中学、高校の教師というのは、多くの教師が部活動の付き添いで出ているわけです。土日も、夏休みもそうです。そういう中で、一番難しい年頃の子どもたちを多数、指導していかなければいけないというのは大変な仕事で、それに対する社会のリスペクトが足りないということを私は常々感じています。土日もなく、夏休みもなく働き続け、そして家でも一番厄介だなと思う年頃の中学生男子女子を、あれだけの人数抱えて、例えば修学旅行にも行って帰ってくる。他の仕事も大変ですが、社会の中で教師が担っている仕事が、以前より重くなっていることを分かってほしいのです。

 言い換えれば、家庭の教育力が落ちてきているということです。昭和の典型的な家庭は、比較的安定的な家族の形態を保っていた家が多いのです。例えば、どこの家庭でも新聞はみんな取っていた。そこに新聞を基盤にした知的向上の雰囲気がありました。主婦の方も多かった時代で、家に帰れば、6時頃になれば食事の匂いがする。貧しいながらも安定した家族形態だったわけです。

 現在は、そういうものを前提とすることができません。シングルマザーの方も多いですし、そういう中で指導している小中高の先生たちを、むしろ保護者の方、社会、地域の方がバックアップをしてほしいわけです。モンスターペアレントのようになるのではなくて、バックアップをしてほしいという思いが、教員養成をしている立場としてはあります。

対話しながら学びを深めていく

 「共に育つ」という観点で言いますと、学校は確かにその機関になっています。共同作業が多いのです。とりわけいいのは部活動です。皆がフィットするわけではありませんが、部活をやりに学校に行っているという子どもも多いのです。そうするとチームで自分勝手な行動をしていると、だんだんうまくいかなくなる。そこで社会性を学んでいく。実際に大学生を見ていますと、部活動で学んだ社会性というものが非常に大きい。私たちのメンタリティー、社会性をつくる上において、実は学校生活での部活やクラスの活動が非常に大きな比重を占めている。その部活の指導というものに、また教師たちが関わっているのです。

 この度「新学習指導要領」が発表されましたが、そのキーワードとなっているのは「対話」です。「主体的で対話的で深い学び」ということです。主体性を持って臨む。そして、対話しながら学びを深めていこうということです。培った知識も大切ですが、それだけではなくて、対話しながら何かを生み出していく。先の見えない時代にあって、そういう問題解決力を付けていってほしいという思いがあるのです。個人で、もしくはチームで、解決策が見えない状況に解決策を見いだしていく。そういうものを学力として見ていこうという動きが今あります。

 その中でコミュニケーション力というのが、学力としても大切な要素になってきています。中でも大事なのは「雑談力」というものです。雑談力というのは、全然知らない人とでも何となくあいさつをして、プラスアルファの話ができること。流行の映画とか、言っても言わなくてもいいような、そんな話を気軽にできる。そうして好きなもので語り合っていれば、もう知り合いです。そうやって友達のラインを、あまり高くし過ぎないことが大事です。その技術を磨き合うと、あの人、苦手だったけど、話してみたら意外にいい人だった、というケースも多いのです。ですから、何となく歩み出して雑談をするという力を、具体的にはトレーニングして付けた方がいいと私は思っています。雑談力を練習する。

リアクションの何が大事かというと、相手の話に生き生きと反応しているということなのです。

 例えば、今この会場にいる1列目、3列目、5列目の方が後ろを向くと、知らない人がいますね。その知らない人同士で、今から好きなもので3分間、盛り上がっていただくということをやってもらう。意外にできますよ。好きなものを三つぐらいずつ言うのです。相手が「犬が好き」と言ったら、もう犬の話だけで盛り上がる。日本人は協調性がありますので、3分だけど知り合いのようになったねという時間が過ごせます。これは社会性を付けるために必要な訓練なのです。

 普段仲のいい人とだけ仲がいいというのは、雑談力とは言いません。全然知らない人、あるいは年齢の違う人。例えば10代の人が、30代、40代と盛り上がって話せる。60 代、70代と20代が盛り上がって話せるとすれば、それはお互いに雑談力、社会性があるということです。ですから、学校はいいところなのですけれども、同年齢で、1年、2年違ったら話ができないというのは、ちょっと狭すぎるのです。そのあたりを踏み越えていく気楽さが、まず必要かなと思います。


 「私が、私が」という自分の殻を捨てて、相手の好みに合わせる力。上司のジョークには必ず笑う。それも手をたたきながら、「来ましたね、いつものやつ」と。そもそも上司のジョークというのは面白くないのが普通なのです。社会性というのは、そこで笑うということです。どこで笑うか、その人のリアクションの上に、社会性と知性が表れます。リアクションの何が大事かというと、相手の話に生き生きと反応しているということなのです。それは息を吐くような身体的なものなのです。その為に体を柔らかくしておくということが大事です。

 私は『声に出して読みたい親鸞』という本を書かせていただいていますが、親鸞というのは一貫していますよね。どこを切っても親鸞。地に足が着いているのです。いろんなものを脱ぎ去って、ふっと、柔らかく地に立っている感じなのです。ですから、威張るということがない。必要以上に防衛することもない。柔らかく立っている感じなのです。そのポイントとして、私は呼吸というものがあるのかなと思っています。念仏を称え続けるとき、息を吐き続けますよね。この吐くということが大事なのです。吐く息を中心にプライドや、威張りたい気持ち、憎しみや怒りの気持ちがほぐされていく。親鸞の専門家の皆さんを前に恐縮なのですが、呼吸の専門家として、そういう身体的な効果も考えてみたいなと思っています。呼吸によって心身を整える。これは日本人が歴史の中で持ち続けてきた身体文化で、非常に大事なものだと思うのです。鍛錬呼吸法といいますけれども、もしかしたら親鸞の吐くという念仏とも関係があるのかもしれません。ぜひ殻を脱ぎ捨てて、柔らかな気持ちで生きていただくことをご提言したいと思います。

 

続く>社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(3)

 

齋藤 孝氏(さいとう・たかし)

教育学者、明治大学文学部教授

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。『声に出して読みたい日本語』(草思社)がシリーズ260 万部のベストセラーになり日本語ブームをつくった。著書に『声に出して読みたい親鸞』『声に出して読みたい日本語 音読テキスト③歎異抄』(草思社)等多数。著書累計出版部数は1000万部を超える。NHKE テレ「にほんごであそぼ」総合指導。TBS テレビ系「情報7days ニュースキャスター」等テレビ出演
多数。「ひとりふたり」(法藏館)で“声に出して読みたい歎異抄”連載中。

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