2023年02月21日
Category 終活
こんにちは。デジタル遺品を調査しているジャーナリストの古田です。前回お伝えしましたとおり、今回は率先して対応すべきデジタル遺品とその具体的な方法についてお伝えします。
デジタル遺品のなかでも、遺族に多大なストレスを与えることが圧倒的に多いのはお金に関することです。支払い義務はもちろんですが、預金などのプラスの財産であっても、デジタルの海のなかに深く沈んでいると大きな負担になります。
国内のキャッシュレス決済比率は2001年に3割を超え、その総額は100兆円に届きそうなところまで来ています。もはやスマホやパソコンを通して買い物したり資産運用したりすることは年代を問わず当たり前になりました。こうなると持ち主が亡くなったときに遺族はデジタルのお金の所在を気にせざるをえません。
にも関わらず、デジタルの持ち物は本人以外の人間にとって非常に見えにくいのが厄介なところです。何も準備しないまま亡くなると、悪気がなくても遺族に望まない宝探しの旅を強いることになってしまうのです。
令和時代を生きる我々はどちらの立場にもなりえます。どちらの立場になっても困らない、困らせないために、デジタルのお金の向き合い方を掴んでおきましょう。
デジタルで残るお金(財産目録に加えるべき財産)には様々な種類がありますが、2つに分けると把握しやすくなります。ざっくりと、「見つかりさえすればいいもの」と「その後の対応まで考えなければならないもの」で線引きしましょう。
見つかりさえすればいいものには、ネット銀行やネット証券、FXに代表される金融派生商品の口座などがあります。
これらは口座があることさえ分かれば、その金融機関の窓口に遺族として問い合わせるだけで正式な相続ルートに進むことができます。銀行の預金口座なら凍結の後に遺産分割協議が済んだらその内容に沿って処理され、有価証券なら相続人が名義変更して引き継いだり換金して相続したりすることになるでしょう。要は店舗型の銀行や証券会社と同じです。業界全体で死亡時のレールが完成しているので、そこに乗れさえすればいい。
故人が利用している金融機関が掴めたらもう安心というわけです。逆にいえば、見つけることが最大の課題といえます。
スマホが開ければ、金融機関の公式アプリや資産運用アプリなどから簡単に見つけられるでしょう。パソコンのブラウザーにブックマークされているショッピングサイトを開いて、マイページから支払い用に登録している口座やクレジットカードの情報を確認するのもよく行われる手段です。デジタル環境に触れられない場合でも、存在が掴めている預金口座の履歴を調べることで未見の口座に遺族が気づくということもあります。よく使われている口座ほど周辺に痕跡が残るため見つけやすい傾向があり、丁寧に調べていけば重要な口座はどうにか発見できる見込みは大です。
ちなみに、故人のFXについては心配の声をよく聞きます。持ち主が亡くなった後にマイナスに振れて、多額の負債が遺族に請求されるのではないかという不安です。実際、遺族に請求が届く例は国内全体で年に0~数件ほど発生していますが、その額は10~30万円程度というケースが大半です。最近のFXは投機性が抑えられているうえ、マイナスの振れた時点で強制決済される仕組みも普及しているので、基本的にはそこまで多額にはならないと考えてよいでしょう。少なくとも、「故人のFXが数千万円の負債になって遺族に襲いかかった」というような事例は国内では起きていません。
その後の対応まで考えなければならないものは、提供する側の死後サポートがまだ整備途上にある「お金」となります。典型例を挙げるなら暗号資産(仮想通貨)となるでしょう。ビットコインやイーサリアムなどですね。
故人が暗号資産を残していた場合、まず遺族はその存在とともに、どのような形で保有しているのかを確認する必要があります。
国内の暗号資産取引所に口座を持って保有している場合は、取引所に相談すれば所定の手続きを経て日本円に換金して指定口座に振り込むところまでサポートしてくれます。
しかし、個人間取引や労働対価として暗号資産を保有している場合は、遺族を助けてくれる組織は存在しません。「秘密鍵」という暗号資産の取引に必要な情報を突き止めて管理するところまで、遺族自らが行わなければならないのです。
近年は暗号資産と共通する技術を使って取引されている新たな資産「NFT」(偽造できない所有証明がついたデジタルデータ)も注目を集めていますが、その相続性については議論の余地が多く残っており、持ち主の死後の対応についても明確な正道はまだ作られていません。
暗号資産が世に登場してまだ10数年、NFTに至っては数年しか経っていません。国税庁も追跡方法を模索している状況ですが、場合によっては数億円の価値を有することもあります。額に対してサポートが非常に手薄です。
そのほか、暗号資産ほどの警戒は不要ですが、QRコード決済サービス(〇〇ペイ)の残高の相続方法も把握しておいたほうがよいでしょう。最大100万円相当の残高をチャージできるサービスが多く、今後は数十万円相当の額を残す人も増えると見られています。
〇〇ペイの残高は一部の例外を除いて相続可能です。例えば、最大手のPayPayは「残高を正当に相続または継承すると当社が確認した者に対し、振込手数料を控除した額を振り込みます」(PayPay残高利用規約 第5条)と明記しています。
こちらも登場してまだ10数年のサービスですが、近年になって相続サポートの整備が急速に進んでいます。大手なら遺族が問い合わせさえすれば丁寧にサポートしてくれる期待を持てます。しかし、不親切であったり遺族対応の経験がほとんどないサービスもまだまだ多いのも事実です。そうした現状を鑑みると、サポート窓口に委ねきるのはまだ少し早いかなと思います。
こうした新興の資産が見つかったときは、相続に必要な書類や手続きまで遺族側が把握して主導権を握る意識で臨むほうがトラブルを避けられそうです。銀行等の相続の道が整備された高速道路なら、こちらは私道や砂利道を含む道路という印象でしょうか。早期に整備が進むのを期待したいですね。
もうひとつ警戒したいのは、もっとも身近な支払い義務といえる「サブスクリプションサービス」(サブスク)の解約です。
サブスクは2023年度に市場規模が1兆円を突破することが確実視されるなど、近年急速に広がっています。最近のサブスクといえば動画配信サービスやクラウドサービスなどが目立っていますが、実はデジタルが普及する前から世の中に浸透していきました。何しろサブスクリプション(subscription)という言葉は雑誌の定期購読からきています。新聞の定期購読もサブスクなのです。NHK受信料も同様です。
そんな馴染み深いサブスクですが、契約した本人が亡くなった後に遺族が解約する方法は案外確立されていないところがあります。そして、市場拡大とともに死後のトラブルも急増しています。
故人が契約していたサブスクは、自動引き落とし先としているクレジットカードや預金口座をストップしてしまえば一網打尽で処理できそうです。しかし、それでは止まらなかったという遺族からの相談を最近はよくいただいています。
ここ1年でも、「債権(サブスク契約)が残っているから」とクレジットカード会社に退会を拒否された事例や、退会したカード会社からサブスクの請求がその後も続いた事例、自動引き落とし先を止めた後に郵送で毎月請求書が届くようになったという事例と相対しました。
クレジットカードや金融機関の自動引き落としは、あくまで支払い代行のサービスです。最終的に代金を受け取る相手はサブスクの提供元であって、支払いが滞った時には何かしらの方法で請求を続けようとするのは無理からぬことといえるでしょう。何しろサブスクの提供元は利用者の生死を確認できませんから。
それを踏まえると、遺族は故人が契約しているサブスクを個々に解約していくのがもっとも確実なアプローチといえます。それでもすべてを把握するのは困難ですから、自動引き落とし先を止めたうえで、あぶれたサブスクから何かしらの方法で請求が届く可能性があることを頭の片隅に置いておくのがベターだと思います。年額契約タイプもあるので、1年強ほど警戒しておけばよいでしょう。
遺族としてデジタルのお金を処理するとき、いの一番にすべきは「見える化」です。見える化したうえで、タイプ分けして個々の適切な対応を進めていく流れが効率的であり、安全だと思います。
この見える化作業の難易度を左右するのは、当然ながら生前の持ち主です。日頃からお金まわりをきちんと管理している人の遺品は、(へそくりなどで意図的に隠していないかぎりは)全容が把握しやすく、効率的に処理できる傾向があります。
つまり、日頃からデジタルの持ち物をきちんと管理しておくことは、万が一のときにも家族を助けることになるのです。お金まわりを整理すれば不要なサブスク契約に気づいて解約したりもできるので、自分にとってもお得かもしれません。お部屋の大掃除と同じ感覚で一年に一回くらいのペースでデジタルの大掃除をしてみるのはいかがでしょうか?ちなみに私は毎年3月にデジタル大掃除をしています。お金まわり以外もスッキリ整理できますし、慣れるとやみつきになりますよ。
<Profile>
古田 雄介(ふるた・ゆうすけ)
デジタル遺品を考える会代表/ジャーナリスト
1977年名古屋生まれ。名古屋工業大学開発工学科卒業後、建設現場監督と葬儀社スタッフを経て、記者業に。
2010年から死後のデジタル資産の行く末についての調査を始める。
近著に『デジタル遺品の探し方・しまいかた、残し方+隠し方』(伊勢田篤史氏との共著/日本加除出版)、『スマホの中身も「遺品」です』(中公新書ラクレ)、『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)など。