2024年11月12日
Category サンガコラム終活
地方都市の鳥取で映画を見ることはまずない。というより、映画上映の時間を生活の中で確保する余裕が今までなかった。上映中に病棟の患者さんや在宅療養中の患者さんの様態悪化で呼び出されることを考えると、そんな閉鎖空間に身を置かない方が無難、という長年の思考が行動を制御してきたのだろう。
雪や雨の日、いつもの散歩コースを変更し屋根有りの商店街の道を歩く。催しコーナー掲示板に小さいチラシを見つけた。「90歳の気難しい現実主義者が人生の終盤で悟る、死とは何か。映画〈ラッキー〉上映会」のようなことが書かれてあった。上映会場は県立博物館の講堂、前売りチケットは県立文化会館で当日券より300円安い1200円。
3月24日の午前10時半、会場へ足を運んだ。予想以上にお客さんが入っている〈ラッキー〉は2017年のアメリカ映画。主人公を演じるのは個性派俳優ハリー・ディーン・スタントン。知らない。映画を見てないので俳優の名も知らない。たわんだ皮膚、パンツ一丁で腕立て伏せをするシーンで老人の日常が始まる。演技ではなく、そのままを写し出しているよう。生涯単身、独居、無宗教。タバコを愛し、コーヒーを味わう。近くのバーへ行く。顔なじみの常連客が揃っている。多くは語らない。スーパーに寄る。牛乳や生活用品を買う。
思い出は語られる。鳥の鳴く森に銃を撃ったら静かになって寂しかったこと。孤独と一人暮らしは違う、ということ。戦禍なのに微笑んだ日本の少女が忘れられないことなど。
老人は倒れる。病院に運ばれる。命には別状なかったが、死を身近に感じる。福祉係が何かとアドバイスをする。「俺はそんなとこには行かない、他人の世話にはならない」と自分の頑固な意志を通す。そしてバーに顔を出し、古き知人と時を共に過ごす。「諦めたくない、生きたい」と語り、「今、闇しか見えない。不安なんだ。お前に抱いたのは希望の光」と呟き、女の人にもたれかかる。
映画はいい。ありのままの90歳の世界を、言葉と言葉でないものを合わせてスクリーンに投影する。
徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』(共著)など多数。