親鸞フォーラム
格差社会×仏教-人間の闇と希望-(2)
2016 年6 月19 日(土)、JPタワーホール&カンファレンススクエア(東京都千代田区)を会場に「親鸞フォーラム―親鸞仏教が開く世界」が開催されました。
本抄録は「格差社会I×仏教-人間の闇と希望―」をテーマに行われたシンポジウムの内容です。
お互いの世界が交わらない“格差”の固定化
湯浅 私の場合は、子どもの貧困ということを切り口にしながら考えていきたいと思います。先ほど6人に1人という話がありましたが、人数にすると350万人になります。0歳から17歳までの子どもです。もしかしたら、皆さんはあまり実感がないかもしれません。しかし社会全体としては、このような数字になるのです。
今日は、細々とデータの話はしませんが、一つだけ言いますと、大きな問題として数字は増え続けているということです。日本全体の貧困率というのも出ていますが、直近でいうと、日本全体の子どもの貧困率が6倍に増えました。さらに3年前でいうと5倍に増えました。つまり、この6年間で、全体の平均の貧困率の上昇の30倍、子どもの貧困率が上がっています。
貧困ということは、単にお金がないというだけではありません。お金がないことで友達関係も作りにくくなります。ランチも一緒に食べられない。一緒に遊びに行くこともできず、だんだん交友関係から離れていく。親も仕事が忙しくてかまってくれない。そういう中で、会話もできない。勉強でつまずいても、ちょっと教えてくれる人が身近にいないということで、勉強も遅れていきます。関係も切れていくという中で、自分自身を大事にできなくなっていく。だんだんと「自分のことが嫌いだ」と思うようになっていくのです。こうしたことが、私にとっては闇の側面です。
格差社会を考えていて思うのは、こうした実態を、実感としてわかりにくくさせているのが、格差社会の特徴なのではないかということです。なぜかというと、格差というのは固定化されてしまうからです。例えば東京の目黒区ですと、公立中学校に通う子どもは4割です。あとの6割は私立に行かれます。私立に行く子は、全員がそうではありませんが、相対的には、やはり比較的経済力のあるご家庭が多いでしょう。小中学校時代、もしかしたらそれ以前から習いごとをしている子もいるかもしれません。人生の早い時期から、自分の周りには、自分と同じような経済力を持った家庭の子しかいないわけです。そして、そのまま小学校、中学校、高校、大学へと進学し、就職し、結婚していく。すると、格差社会だと騒いでいるみたいだけど、自分の周りにそんな人は一人もいなかったよと。マスコミが騒いでいるだけじゃないか、という感覚になってしまいます。
他方では、いわゆる底辺高校と言ったりしますが、多くの定時制高校などは、入学してから卒業までの間に生徒が3分の1から半分に減ります。中退してしまうのです。親も、勉強したって意味がないというようなことを言うし、周りを見ても誰も働いていない。だから、例えば高校を卒業して、コンビニでアルバイトをやっている。アルバイトとはいえ、働いているのは自分ぐらいだ。そうすると、見えているものがあまりにも違い過ぎて、お互いの世界が交わらなくなってしまう。それが世代を超えて引き継がれていくというのが、格差が固定化していくということです。
先ほどの浜さんの話で言えば、共感性というものが非常に持ちづらくなります。自分は共感しないとあえて思っているのではなく、相手の言っていることが信じられなくなる。そんなのあるわけないと思ってしまう。自分の経験と違い過ぎるのです。そうすると、自然と共感できる割合というのは減ってきます。

例えば、皆さんはこういう話を聞いてどう思うでしょうか。「子ども食堂」という取り組みがありまして、こういうご家庭の子どもと一緒に食事をしようという会が、いま爆発的に増えています。ある会で、その日は鍋を食べようということになりました。鍋というのは、どちらかといえば手抜き料理ですよね。取りあえず材料を入れて、火を付ければいいという感じです。その鍋をみんなでつついていたら、そこに来ていた高校生の女の子がぼそっと言ったというのです。「みんなで鍋をつつくなんてことが本当にあるんだね」、と。それまでその子は家庭で、そういう経験をしたことがないわけです。テレビの中の世界の話だと思っていた。スーパーマンが空を飛ぶような、そういう世界の話だと思っていた。だから「現実にあるんだ、こんなことが」と思ったのです。
この手の話はいろいろあって、海を見たことがない中学生がいたり、ちょうど昨日聞いた話では、「大学生っているんだね」と言った中学3年生がいたということです。
貧困というのはお金がないだけではありません。お金がないことで関係性も持てなくなってしまう。そういう関係性の貧困ということも含めて、私は貧困と呼んでいます。そして、そういう子どもたちが、私たちの住んでいる社会にはたくさんいる。そのことは必ず私たち自身に返ってくることになるのです。20年も経てば、この子たちが社会を背負っていくからです。いずれ私たち自身がお世話にならないと生きていけなくなります。そうなったときに、ただでさえ少子化で子どもが減っていっている状況なのに、果たして背負っていけるのか。
一方で、この社会では高度な人材が求められていく。大学に行くだけでは足りない、大学院にまで進まないと専門性が身につかないと言われてずいぶん久しいです。ただでさえ子どもが減っていっているのに、その中の貧困の子どもの割合は増えている。私たちの老後は大丈夫なのだろうかという気になるわけです。
沖縄県で、このような調査がありました。小学校1年生を持つ貧困家庭の親御さんにアンケートを採ったところ、28%の親御さんが、子どもが小学校1年生の時点で、早くも経済的な理由から子どもを大学に行かせることを諦めているというのです。
私が今までに会った貧困家庭の子どもの中で一番できる子は、通知表で体育が4、あとは全部5でした。小学校6年生の女の子です。特に絵が得意で、文部科学大臣賞を取っていました。もしかしたら、すごいデザイナーになるかもしれない。画家になるかもしれない。国語も算数も理科も全部成績がいいですから、他の道に進んでも何か力を発揮してくれるに違いない。でも、彼女は大学に行けないのです。彼女の家は生活保護家庭でした。
そうすると、非常にもったいないことになるわけです。そのもったいないことを、私たち自身が引き受けていかなければいけないですね。彼女の才能が開花させられないことで、結局私たちも損をするわけです。そうした状態を私たち自身がつくっていってしまっている面がある。これが闇の部分ですね。
そこにいるだけで皆さんが果たせる役割は、実はたくさんあるのです
貧困を抱えている子どもたちを目の当たりにした多くの方は、「何とかできないものか」と思われるでしょう。ただ多くの場合、次に出てくるのは「この子たちの親は何をやっているんだ」という思いではないでしょうか。確かにそうなのですが、少し考え方を切り替えてみていただきたいのです。「親は何をやっているんだ」に続いてでもいいので、その上で「自分は何ができるか」ということを考えてみていただきたい。そこが分かれ目だと思います。確かにいろいろ問題はある。しかし、それを言っていれば問題は改善していくかといえば、残念ながらそうは思えない。実際に今までもそうだったのではないかと思うのです。自分にできることは何なのか。多くの人たちがそのように思ってくれるかどうかがこの子たちが今の状況を脱するための希望であるし、あるいは私たち自身の世のなかの在り方の分かれ道ではないかと思います。
実際に、そういう思いで様々な活動をされている人たちが全国にたくさんいます。例えば学習支援で、子どもに勉強を教え、高校へ行く学力を付けようという試みが全国で広がっています。高校の進学率は、日本全体でみれば98%ですが、生活保護を受けている家庭に絞ると9割くらいにまで落ち込みます。それを上げていこうということです。勉強の習慣のついていない子が、本当に勉強するのか疑問に思われるかもしれませんが、キッズドアというところの学習支援を受けた子の高校進学率は100%です。その中には、今まで大学生に会ったことがないという子がたくさんいます。中学3年生のときに偏差値というものを知らなかった子もいるそうです。
そういう活動が全国に広がっています。10年前には東京でそういう学習支援をやっている団体は一つしかありませんでした。今では、50はくだりません。全国規模でいくと、たぶん数百までいくでしょう。主な担い手は学生たち、教師のOBなどです。この中にも昔は教師をやっていましたという方がいるかもしれません。そういう方たちが今の持てる力を使ってくれているのです。また、先ほど少し申しましたが、「子ども食堂」も急速に広がっています。これは全国で数百まで行ったでしょう。おそらく5年前までは、ほぼゼロだったと思います。この担い手は地域のおばちゃんたちです。学習支援はできないけれど、一緒に食事をするぐらいなら、普段からやっていることなので、始めてくださる方が多いのですね。
そこで、子どもたちは先ほど話したような体験をします。これは本当にすごいことです。たかが鍋、されど鍋ですね。皆さんにもそういうご経験はありませんか。私にはあるのです。高校2年生のときに友達の家に泊まりに行ったとき、晩ご飯にビーフストロガノフが出てきたのです。私はそれまでビーフストロガノフというものを食べたことがなくて、このカレーのような灰色の食べ物は何だろうと思っていましたら、そこのお母さんが教えてくれました。その家庭では廊下に本棚があって、その中に『漱石全集』が置いてありました。私の家は本がない家庭だったので、そのことも衝撃で、私はそのとき、ああ自分はこいつに一生勝てないだろうなと思ったものです。
皆さんにしてみれば、大したことのないように聞こえるかもしれません。しかし、もう30年前の出来事ですが、本人にとっては、一生忘れられない思い出になっているのです。今でもこうして話せるし、あの時の感じも思い出せます。初めて鍋をつついた子にとっても、その経験は恐らく同じように、30年経っても残ると思うのです。その時に居合わせた大人は、別に何か特別なことをしたというわけではありません。一緒に鍋をつついただけです。だけど、それがその子にとっては一生忘れられない経験になる。よく「自分みたいにたいした技能もない人間が、ボランティアなんてやっていいのか」と聞かれることがありますが、もちろんいいのです。価値観や経験に触れるだけで、その人にとってはすごく大きなインパクトになる場合があります。「あっ、こういうことをやっても、ガミガミ言わない大人が世の中にいるんだ」と。そのことは、その人の人生にとって初めてのことかもしれないですね。働いている大人に会ったことがないという子もいるかもしれません。自分の仕事の話をしてあげるだけで、もしかしたら衝撃が走るかもしれません。
これを私たちは「いるだけ支援」と呼んでいます。こちらから無理に何かをしてあげようとすると、間違った方向に進んでしまうこともあって、どちらかというと自然体の方がいいのです。そこにいるだけで皆さんが果たせる役割は、実はたくさんあるのです。先ほど浜さんが、共感ということに絡めて「もらい泣きの論理」と言っておられましたが、それを引き継いで言うなら「お裾分けの論理」です。自分の経験をお裾分けしてあげる。別にお金じゃなくてもいいのです。もちろんお金も重要ですが、自分のもっている技能とか、経験とか、あるいはもっているものとか、そういうものをシェアしてあげる。それだけで大きく人生が変わってしまうようなことも起こりえるということです。
そう考えると、もちろん「親は何をやってるんだ」という気持ちもあるでしょうが、その先に、自分は何ができるか、何かお裾分けしてやれるものはないのかと考えていく。そういうことが、きっとこの子たちの一生の思い出をつくっていくし、価値観を変えていくのだろうと思います。
湯浅 誠 (ゆあさ・まこと)
社会活動家/法政大学教授
1969 年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。2008 年末の年越し派遣村村長を経て、2009 年より3 年間内閣府参与に就任。また、内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長などを歴任。現在、法政大学現代福祉学部教授。主な著書に『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)、『反貧困』(岩波新書)<第8回大佛次郎論壇賞、第14 回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞>、共著に『貧困についてとことん考えてみた』(NHK 出版)など多数。