2019年10月21日

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老衰死考

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.50

死亡診断書を書く。亡くなった年月日と何時何分かを書く。年月日は自ずと決まるが、何時何分かは時間に幅がある。心音が消え、呼吸が停止していても、心電図モニターに波型が出現し死亡時間はズレていく。厳密な決まりはない。何に困るかというと、亡くなったと思って死亡を告げたあと、グァーと呼吸されたりすると「あっ、生きてる」と家族や親戚の人が叫んだりして、場がしまらない、ということがある。死亡時刻は、あせることはない。家族が揃ってからでいい。患者さんが好きだった飲みものを聞き、それを用意して別れの水とする。家族一人一人が綿花の先っちょに浸し、口唇をそっとぬぐう。ぬぐい終わった時刻を死亡時刻とする。どうでもいいことだが、〇時39分だとそのままのサンキューにしたり、×時49分だと四苦八苦は苦しかろうと48分にしたりする。つまり死亡時刻は、適当なのである。

次に死亡の場所を書く。これには迷いはない。次に死因を書く。がんの患者さんなら〇〇がんと
書き、闘病期間を書く。 さて、こんな場合が近年増えてきた。92歳の女性、慢性の心不全があり、胸水も溜る。ねたきり。時々、誤嚥をして肺炎を併発する。治療で一時的に改善する。が、繰り返す。一歩前進二歩後退。次第に食べられなくなる。ゆっくりと衰弱されていく。非がんの患者さん、こんな所で底力をみせられる。認知症症状を持ち合わせる方も多く、深刻感は少ない。生命力が3か月も6か月もそれ以上も持続する。そうしてやせられ、着陸される。

この時の死因である。心不全も肺炎もある。でも「老衰」がふさわしいように思える。死因の3位に「老衰」、と新聞記事にあった。2018年、がん死が年間約37万人、心不全が約21万人、老衰が約11万人。老衰死かあ。90超えたら、老衰死とされても誤診とは言えない。老衰にしとくか、響きも悪くない。臨床には、どういう形の老衰死がいいか、と悩みもある。老衰には老衰の難しい問題が、近代医療下の日本では生まれている。ほんとは、適当でいいのだけど。

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホス
ピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『看取るあなたへ』(共著)など多数。

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