親鸞フォーラム第10回 | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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親鸞フォーラム

親鸞フォーラム第10回

親鸞フォーラム第10回

親鸞フォーラム 2015年5月31日(日)
テーマ:人間×未来×仏教―私たちはどこに向かっているのか―

パネリスト
古市 憲寿氏(社会学者)
森 達也 氏(映画監督)
真城 義麿 氏(真宗大谷学園専務理事)

コーディネーター
藤原 正寿氏(大谷大学准教授)

人間×未来×仏教―私たちはどこに向かっているのか―

藤原 今回は戦後70年という節目の年に当たり、「人間×未来×仏教 -私たちはどこに向かっているのか-」というテーマを掲げさせていただきました。まさに現在、安保法制が国会で審議されている最中でありますが、私たちは今どういう時代を生き、どこに向かって生きていこうとしているのか。これは単に国の政策ということだけではなく、私たち一人ひとりが持っている価値観や立ち位置についても、合わせて確かめていく必要があるのではないかと思います。今生きている私たちの時代、私たちが置かれている現状を、どのように見ていくのか。まずは、それぞれのお立場から、お話しいただきたいと思います。

 

古市 ちょうど今、少子化や育児についての本を書いています。私自身に子どもがいるわけではないのですが、それでもなぜ書いているのかというと、今の日本の状態があまりにも異常だと思ったからです。例えば、子どもを保育園に入れられない、待機児童の問題があります。これは冷静に考えたら、すごくおかしなことです。国の発表だけで、待機児童は現在4万人から5万人ぐらいです。これに潜在的な待機児童、つまり保育園があれば働けるのになと思っている人を含めると、100万人から300万人ぐらいになると言われています。でもご存じの通り、日本は人口が減っていて労働力が不足しています。しかも少子化です。だから子どもを産んでくれて、少子化解消にも貢献し、かつ労働力不足も解消してくれる人たちが、逆に罰ゲームのように保育園探しに翻弄されている状態は、すごくおかしいと思っていて、そういうことを指摘する本を執筆しています。

今の日本は、若者向けの社会投資、つまり税金が若者に対してほとんど向いていない国です。例えば6歳までの子どもたちには、一人当たり1年間で、100万円ほどしか払われていないのに対し、100歳の人には税金から500万円が支払われている。これは別に高齢者を優遇するなということではありません。バランス的にあまりにも若い世代にお金が掛けられていないのです。出産費用も育児費用も高い、保育園も見つからない、学校に入っても学費がすごく高い。これではまるで社会的な一人っ子政策をしているようなもので、子どもの数が減っていくのは当たり前です。ではなぜこのようになっているのか言いますと、私は日本がある時期につくった社会制度をずるずると延命させてきたからではないかと思うのです。それが今日のテーマの一つである戦後という話に関わってきます。
ところでこの「若者」という言葉は、実は昔はあまり使われていませんでした。1960年代ぐらいまでは「青年」という言葉の方が使われていました。60年代から、青年よりも若者という言葉が一般的になってきます。そして1970年頃に、私が書いているような若者論、若者について語る本などが増え始めたのです。それまで若者論は日本にほとんどありません。なぜかというと、年齢だけで人を論ずるということが、当時の人には、あまりピンとこなかったからです。つまり戦後間もない時だと、農村地帯に住む若い人と、都心部に住む若い人では、生活スタイルも全く違っていたわけです。それを一緒くたに、年齢が同じというだけで若者として語ることができなかった。しかし1970年ぐらいに「1億総中流」という言葉が流行し、日本全体が中流であるという価値観が広がります。そこで初めて年齢で人を区切るという発想が出てきた。そこで若者論というものが流行してくるのです。

この1970年ぐらいに、今の私たちが当たり前、もしくは伝統的と思っている様々な価値観が成立しています。例えば、正社員や専業主婦が増えたのも、この頃です。それまでの日本は、農村地帯では、農業は男女関係なく家族みんなでするものでしたし、都市部であっても自営業が多かったですから、男女関係なく誰でも働くことが当たり前でした。それが1970年ぐらいから高度成長によって経済が活性化し、企業がたくさんできて、サラリーマンがすごく増えてきた。そこで初めて専業主婦という、賃金労働をせず、家で育児、家事を任される人たちが現れるのです。だから、専業主婦とか正社員という、古くからあると思われている日本の家族像というのも、実はこの40年間にできた比較的新しいものなのです。夏でもスーツにネクタイという男性が当たり前になったのも、この1960年代後半。都市部で冷房施設が普及して、夏でもスーツにネクタイという規範がどんどん強まっていって、それが1970年ぐらいに定着したと言われています。

ですから、今の日本の当たり前だと思われていることは、実は1970年ぐらいに成立したものなのです。そして冒頭に話した、若者は社会保障費をあまりもらえていない、高齢者にすごく手厚いというのは、実はこの1970年ぐらいの価値観をもとにした考え方だと思うのです。当時は、若者がすごく多く、逆に高齢者が少なかったわけですから、社会保障などについては、若者に任せておけばよかった。その当時の感覚で、いろいろな制度を設計してきたのですが、それが立ち行かなくなっているのが、この数十年だと思うのです。小熊英二という社会学者が、こんなことを言っています。平成という時代は、1970年前後に成立した日本型の社会というものが機能不全を起こしたにも関わらず、それを多額の補助金や努力で何とか延命させてきたのだと。だから、まさにこの20年というのは、終わってしまった戦後を、無理やり延命させてきた時代だと言えると思うのです。

私の見立てでは、いくつかの意味で戦後というものは、本来は1990年ぐらい、今から25年ぐらい前に終わっていたはずのものだと思います。1991年にバブルも崩壊して、日本が戦後ずっと続けてきた経済成長が、それまでのようにはいかなくなった。冷戦も終結し、円高も始まった。ものづくりの拠点が日本からアジアに移っていったのです。そして少子高齢化も1990年代ぐらいから深刻になります。日本の様々なピークは1990年代半ばぐらいにあります。日本で一番、書籍が売れたのは1996年。音楽CDが一番売れたのは1998年。このように消費のピークも、実は1990年代ぐらいに全て終わっているのです。日本の人口動態や国際状況などについても、いろいろと1990年代に終わってしまっていたのですが、それでも何とか延命させようとしてきたのが、この25年間だと思うのです。今、世の中を見渡してみても、あまりにも、終わったはずの戦後というものを前提に語られている議論が多いと思うのです。

同様に今日語られる戦争に関するイメージも、現在世界中で起こっている戦争ではなく、かつての古い戦争、太平洋戦争などを前提とした価値観で話し合われていることが多いと思います。今テレビでは、イスラム国であるとか、世界中の悲惨な紛争や戦争の話題を目にしない日はありません。でも実は、歴史的に見てみたら、今の時代、21世紀というのは、かつてないほど、戦争で命を落としている人の数は少ない時代です。歴史的にもっと長期的スパンで見てみると、戦争の起こる数も減っているし、戦争で命を落とす人の数も減っています。例えば、9・11の後に起こったイラク戦争。あの時も、アメリカ兵をはじめ何百人の人が亡くなっていますけれども、それでも湾岸戦争とかベトナム戦争と比べてみたら、それで命を落とした人の数は、はるかに減っている。つまり戦争の在り方が変わってきているのです。戦争というと私たち日本人は、どうしてもアジア・太平洋戦争みたいな、国と国の全力を挙げての総力戦をイメージしがちですが、今、実際に世界で起こっている戦争は、領土付近での局地戦、もしくはイスラム国が起こすような、局地的なテロ行為のような形が主流になっています。

だから今、安保法制で、政府は国を守るためだと言っていますが、果たして、どれだけ本当の意味で国を守ることになっているのか。例えば、4月に首相官邸にドローンが落ちたのに、10日間以上、誰も気付かなかったという事件がありました。これも、すごくおかしい。戦争だ、軍備増強だというようなことを言っている半面、実際には官邸にドローンが落ちても10日以上誰も気付かないという、ちぐはぐなことになってしまっている。これから目の前に迫っている危機というのは、どこかの国が大挙して攻めてくるような危機ではなく、爆弾を仕掛けたドローンを、東京ドームとか、どこかに落としてテロを起こしたりだとか、そういうことだと思うのです。でも今の日本では、一つ前の戦争観で戦争を語っている人が、すごく多いと思います。

 

これは戦争だけに限らずに、私たちは一つ前の時代の価値観で物事を考えてしまうことがすごく多い。未来を語るとき、私たちは結局、現在と過去から語ることしかできないわけですが、でもその中で一歩引いて見るということが、すごく大事だと思うのです。私は社会学という学問をやっていますが、よく社会学者には意地悪な人が多いと言われています。せっかく熱く議論しているのに、それは違うんじゃないのと、すぐにいちゃもんを入れたりする。でも、その嫌な目線というのは今の時代、実は大事かなと思っています。少し距離を置いて「本当にそれはどうなのか」、ということを考えてみる。

今は自分の経験を絶対化して語る人がすごく多いのではないかと思います。もちろん身近な会話の中で、個人的経験を話すことは、まったく問題ないですが、政治などの公的レベルにおいてまで、私の経験で物事を語る人が増えてきているのではないでしょうか。私の経験は、個人的な経験である以上、否定はできないけれども一般化もできないものです。しかも私の経験というのは、その人自身のものですから、たいてい古いわけです。そういう古い私の経験ばかりに束縛されて未来を語るのではなくて、一歩引いて未来を語ることが、この戦後という呪縛から解き放たれるためにも大事ではないかと思っています。

森  昨日、かなり大きな地震がありました。ほぼ日本中が揺れたみたいです。多くの人が2011年の不安や恐怖を想起したはずです。もちろん4年前は、地震だけではなく放射能に対する恐怖も相乗されています。その意味では記憶は生々しいはずです。でも同時に、今日この会場に来るために乗った電車が、シャレにならないくらい寒くて驚きました。つまり、冷房が効きすぎていた。乗客はみんな肩をすくめて震えていました。

4年前、福島第一原発が爆発した直後、関東全域が節電モードになりました。官庁も企業もスーパーもコンビニも、照明は最低限にして、地域ごとに計画停電も行われていた。信号が止まって死者まで出ています。でも、あの段階では、まだ原発はいくつか動いていました。

ところが今現在、原発は一つも稼働していない。ところが、節電の気配などほとんどない。真夏なのに寒くて震えるほどの冷房を、なぜしなくてはならないのか。ならばこの電気は、どこから来ているのでしょうか。

今回に限らず例えば戦争についても、この国の記憶のあり方は、どうしてもちぐはぐになる。不安や恐怖の感覚ばかりが突出して、構築されたはずの論理がいつのまにか消えてしまう。生活の利便さや快適さばかりが優先されて、忘れてはいけないことの多くが、気がつけば不可視な領域に置かれている。

今年1月下旬、川崎で中1少年殺害事件がありました。殺害現場となった多摩川の河川敷には、今も全国から献花に来られる方がたくさんいて、花束などでほぼ慰霊塔のような状況になっています。報道量も凄まじかったですし、多くの人が、あの事件によって、いろいろ考えさせられたのでしょう。だからこそ日本全国から、今も花を持って手を合わせる人が絶えないのだろうと思います。

川崎の事件から2カ月後、千葉の船橋で、また同じような殺人事件がありました。10代の女の子が友人たちに拉致されて殺害された。事件のアウトラインとしては、川崎とほぼ同じ事件です。少女の場合の殺害方法は生き埋めでした。目を背けたくなるぐらいの事件です。でも少女の殺害現場を訪ねて手を合わせたり、花を捧げたりした人は、ほとんどいませんでした。もちろん山中であることは考慮しなくてはならないけれど、そもそもの報道量も全然違いますね。つまり、ほぼ同じ時期に起きた同じような事件なのに、川崎の事件に比べて千葉の事件に対しては、多くの人が関心を持たなかった。

その理由は簡単です。川崎の事件で被害者となった中1少年の写真は、きっとこの場にいる誰もが思い出せるはずです。とても無邪気で愛くるしい写真でした。だからこそ多くの人は、テレビのニュースや新聞記事を眺めながら、どうしてこんないたいけな少年に、これほどむごいことをするのかと怒りに震えました。しかし千葉の少女の場合、ニュースなどで使われた写真は、いかにも今どきのメイクが施されていて、いたいけなどの形容詞とはちょっと距離があるような雰囲気でした。

こうして移入される感情の質と量が変わります。川崎の少年の場合は、どうしてこんな子どもを、と怒りと悲しみが湧いてくるけれど、千葉の少女の場合は、写真を見て何となく、この子もちょっと素行に問題があったのかしらぐらいに思ってしまう。それほど映像における印象の差異があったわけです。もっとわかりやすく言ってしまえば、川崎で被害者となった少年の顔が森達也の顔だったら自分はどう感じたか、を想像してください。…感情移入する人は、たぶんほぼ皆無です(会場笑)。少なくとも、あれほどに大きなニュースにはならない。何が言いたいかというと、現代は映像メディアの時代であるということと、映像はとても強く感覚を刺激する、ということです。論理ではないのです。

カサースベ中尉という名前を覚えていますか。後藤さんと湯川さんがイスラム国に拉致されて大きなニュースになったとき、やはりIS(イスラム国)の捕虜になっていたヨルダンのパイロットです。彼は最終的に檻の中に入れられたまま、火をつけられて焼死しました。ネットではこの動画や静止画が拡散しました。絶望的な表情のまま、がっくりと膝をついて、火だるまになっていく。あまりにむごい。誰が見ても、許せないと思えるような行為です。このときヨルダンは国家として報復を宣言し、実際にISに対して何度も空爆を行いました。

でも同時に考えてみて欲しいのは、その前から有志連合はISに対して、さんざん空爆しているということです。ISは国家ではありません。かつて解体されかけたイラクに端を発して、武装勢力がまとまり、シリアなどの混乱に乗じて国家を名乗っている存在です。だから行政府とか公官庁はすべて、イラクやシリア市街にあったいろいろな施設を利用しています。もちろん、住居も周りにたくさんある。避難できない市民もたくさんいます。ISと主義主張はまったく違うかもしれない。でも、やむなく暮らしている人はたくさんいる。有志連合の空爆によって、ISとは直接的な関係がない多くの市民が被害を受けている。有志連合は拠点だけを狙っているという言い方はしますが、誤爆は当然あります。多くの家は崩れ、炎上したはずです。カサースベ中尉と同様に、たくさんの人が瓦礫の下で、もだえ苦しみながら焼け死んでいるはずです。

でも有志連合を許せないとの声はほとんどあがらない。カサースベ中尉の場合と何が違うのでしょうか。違いはひとつだけ。映像があるか、ないかです。映像があれば人は反応します。でも活字で、有志連合の誤爆によって23人が死亡といった記事を読んでも、それはやはり記事なのです。実際に23人が焼け死んでいる映像を見たら、まったく感覚が変わることでしょう。しかし残念ながら、そこにはカメラはない。だから僕たちは見ることができない。知ることはできるけれど、見ることができない。それによって、こんなにも人の気持ちが違う。人の気持ちが違えば、その後の対応も違います。映像が特に強く動かすのは、喜びのようなポジティブなものよりも、不安や恐怖や怒りなどの、ネガティブな感情です。その強い感情によって、結果的に世界の枠組みもどんどん変わっていく。この国の枠組みも変わります。これは今の日本の安全保障にも関わってくる話です。

 

一昔前に比べれば、日本を取り巻く安全保障環境はとても悪化した。だから安全保障関連法案を変えなければいけないのだと、安倍政権は強調します。しかし本当に、そうなのでしょうか。例えば、国家審議の前の記者会見で安倍首相は、日本を脅かす危機の代表として、北朝鮮のミサイルを例に挙げていました。

このミサイルによって、どれだけの被害があるのでしょうか。例えば、北朝鮮の弾道ミサイルが東京駅に落ちたら、この辺りはどうなると思いますか。一面の火の海になると思っている方がたくさんいると思いますが、実際には、もしこのビルにミサイルが直撃したとしても、このホールの3分の1も壊すことは出来ません。かつてナチスはV2ロケットを開発し、ロンドンに千発近く撃ち込みました。しかし被害規模は、その前の爆撃機による空爆の何十分の一です。B29みたいな爆撃機に比べれば、ミサイルは搭載できる火薬の量がまったく違う。つまり、(核兵器を搭載すればまったく話は別ですが)ミサイルは極めて攻撃性の乏しい武器で、むしろ不安や恐怖を与えるための兵器と言ってしまっていいと思います。

そもそも、ミサイルという呼称が、実はとても恣意的です。国際的にはロケットです。大陸間弾道ミサイルは、要するに下の部分はロケットです。上に何を積むかで変わるわけです。気象衛星を積めば気象ロケットになるし、弾薬を積めばミサイルになります。だから本来の言い方はロケットなのです。国連はもちろん、多くの国ではロケットと呼称します。でも日本では、最初からミサイルという兵器用語を当てはめてしまう。その帰結として危機が強調されます。

確かに北朝鮮は困った国です。でも、その感覚がより強調される。いつ何時ミサイルを撃ってくるか分からない、狂った指導者に洗脳された国民。とても怖い国だと誰もが思っています。ならば反撃するしかないとの思いが強くなる。

でも冷戦期を思い出してください。1960年代後半から70年代前半、旧ソ連のSSという戦略核ミサイルは、日本の米軍基地に何十発も照準を向けていました。今の北朝鮮や中国より、はるかに危険だったと思います。ましてや、冷戦期は、キューバ危機が物語るように、一触即発の時代でした。いつ第3次世界大戦が起きても不思議がない緊張状態でした。キューバ危機の際には、アメリカとソ連の指導者がケネディーとフルシチョフだったから回避できた。もしもブッシュとプーチンだったら、おそらく第3次世界大戦になっていたでしょう。でもあの時代に、安全保障法制を新設しろとか憲法を変えろなどと思う日本人は、ほとんどいなかったはずです。では、あの当時と今では何が違ってきているかというと、不安の感覚がどんどん変わってきているのです。不安が強くなれば、当然、それに対処しなければいけないという気持ちを僕たちは持つし、正当化していきます。

でも、ちょっと待てと。感覚だけではなくて、引いたところから見なければいけない。川崎で殺害された上村君は本当にかわいらしいけど、これが森達也の顔だったら違うよな、というふうに、メディアに接するときには、つねに違う見方をすることが重要です。人間は不安と恐怖に弱い。これは今に始まったことではなく、昔から不安と恐怖が常に世界の歴史を変えてきたのです。この不安と恐怖が暴走して、人間はたくさん人を殺してきたし、殺されてきたのだと。そういった歴史を見つめなければいけないのに、戦後70年で、それに逆行するかのような時代状況になっているというのは、とても残念だと思います。

真城 私は、もともと京都で学校の教員をしていまして、平成5年に退職して、瀬戸内海の小さい島へ帰ってお寺の住職になりました。過疎化、高齢化した地域に住むようになって衝撃を受けたことがあります。出会うお年寄りがみんな、「若いころは元気でよかったが、歳を取ってつまらんようになった」とおっしゃるのです。長年、働いてこられて、隠居した老後こそ、地域の長老として悠々自適であってほしいのに、生きていることが申し訳ない、厄介者になっているという感覚をみなさんが持たれている。この国にそう言わせる空気がある。それはどこからきているのか。都市と地方と往復しながら、この地域の中で何が出来るのかを考えるようになりました。

その当時、私が行き当たったのは「人材」という言葉でした。つまり、人という材料です。本来、経済も政治も国家も学問も、全て人間を豊かにする為のものであったはずなのに、いつの間にか逆転して、人間の方が経済の材料になっている。材料ですから、必要なときに必要なだけあればいい。要らなくなれば、もうさようなら。あるいは、存在そのものよりも大事に見られるのは、その人が持っている機能です。何をどのぐらい「できる」のか。それによってしか、人間の値打ちというものが見られていない。そう思わせてしまっているということです。今、そこからまた20数年たって、状況はなおいっそう厳しくなっているという感じがします。人間がいなくなっている。現在の政府も、人間を経済の材料や、国家の材料としてしか見ていないのではないかという感じがします。

今の国民のほとんどはサラリーマン経験者です。そうすると、仕事はトップダウンで上から与えられます。そして、どのぐらい成果を出したかが常に評価され、価値付けされていく。当然そこには序列ができ、プレッシャーも掛かります。つまり、能力と成果に応じて存在が認められるような空気が強いわけです。そうすると、できない者の居場所がなくなってしまうのです。一方で人間というのは歳を取るほどに確実に機能が衰えていきます。去年まではできたことが、今年はできなくなっている。その時に、もし「できる」ということが価値観の全てになってしまえば、自分の存在意義をどこで確かめればいいのでしょうか。

現代ではあらゆる人が比較競争の中に放り込まれ、効率が最優先されます。学校でも、子どもの意思はともかく、周りの大人が効率よく勉強させて結果を出させようとする。勉強というのは、本来それ自体が面白いものであるはずなのに、今はいい就職先を得るための手段でしかなくなってしまっています。手段なら、その進路が確定された瞬間から勉強することの意味がなくなってしまう。日本の教育には問題はたくさんありますが、一方では、数学や英語だけでなく、芸術・技術・家庭・体育なども学校でバランスよく教育している国は、世界にもそれほど多くはありません。そこは子どもたちが自分の可能性に触れるチャンスがたくさん用意された教育システムだと思います。が、大人が勉強を目的達成のための手段としか見ていないと、その考え方に子どもの側も影響されてしまうのです。学ぶことの楽しさが失われていく。例えば、今私は、壇上の高いところに座っていて、皆さんと同じ場所に座っているよりは、たくさんの顔が見えています。学ぶというのは、そうやって自分の視野が広がるということではないかと思います。

今の教育には、できてもできなくても、あなたには生きている意味があるという、存在そのものの尊さを見つめる視点が、抜け落ちてしまっています。存在、つまり英語で言えばbe(ある)なるものを、do(する)やthink(考える)においてしか価値付けていない。できないものは存在の価値がないのだと。さらに、外からの評価や情報でしか自分を判断できないという癖がついていますので、自分で自分の存在の意味や根拠を考えることをしません。そして、存在不安や虚無的になっていきます。意図的かどうかは分かりませんが、いつの間にか私たちが、そのような社会にさせているということです。

 

人間が人材になった。それは違う観点で言えば、人間の「間」が取れたということです。関係性が断ち切られ、今の自分だけよければいいという感覚が非常に強くなってきました。電車に乗ると、ほとんどの人がスマホを見ています。あれは、恐らくスマホの中身を見ているという形で、「私は今、この画面しか見ていませんよ」、「あなたたちと関わる気はありませんから、私に声を掛けないでくださいね」とバリアーを張って、関係を持つことを拒否している姿なのではないかと思います。私たちは関係の中で生まれ、関係の中で育って、関係の中で今も生きるよりほかないにも関わらず、その関係を煩わしいとしか思わなくなっている。私は今日、九州の大牟田から来たのですが、移動中、一回も口をきいていません。まったく口をきかずにどこへでも移動ができるし、物を買うこともできる。貨幣の力と機械化の力で、人間は個別化されていても生きていけるように思わされてしまっているのです。そして人間が個別化されるとき、関係は気まぐれなものになっていきます。自分に都合の良い関係と、そうでないものを選ぶようになるのです。そうすると不都合な関係からは逃げたいと思うようになり、マイナスを出さないことばかりが関心になってしまいます。

実際、田舎にいてもコミュニティは成立しにくくなってきています。自分にとって意味がないように思えることを、無償でやるということは、なかなか体が動かない。回り回って、これは自分が得をすると思えることにはエネルギーを使えますが、地域の伝統で、よく分からないけどやっているというようなことであれば、なぜ自分がやらなければいけないのか、となってしまいます。それは先程の森さんのお話にもあったように、外からの情報に非常に影響されているのだろうと思います。メディアなどの情報によって、自らの価値観が左右されてしまい、本当に自分が心の一番奥底から求めていることが分からないまま、みんながいいと言っているものが欲しくなっているのです。例えば大学受験でも、偏差値の高い子が偏差値の低い大学の学部を希望すると、担任の先生が、「そんなもったいないことはやめておけ」と言うのです。君だったらもっと上の大学を目指せる偏差値を持っているから、そこへ行きなさいと、大人の方がそういう方向に導いていっているわけです。

そういう意味で、私はどこにいるのか、私は本当に私を生きているのか、私が本当に願っていることは何なのか、というようなことを、今は考えることがなくなってきているのではないかと思います。私は僧侶として生きているということもありますので、やはり一番テーマになるのは「尊さ」ということです。はたしてみなさんは「今、自分は尊い人生を尊く生きている」と言えますでしょうか。私たちはいま、尊い自分を尊く生きようという発想が非常に希薄になっていると思います。偉い、賢い、強い、美しい、そういう価値観ばかりが中心になってきて、尊く生きるということが見失われてしまっている。そういう時代を私たちは今、生きているのだと思います。

メディアの副作用

藤原 そもそもメディアというのは、我々のニーズを受けて報道されているところもあると思いますが、その辺りはいかがでしょうか。

森 メディアは常に市場(マーケット)を意識します。つまり、視聴者や読者です。その求めに応えようとする。その帰結が現在のメディアの姿です。べつにメディア自体に、日本をまた戦争させようとか右傾化させようなどの意図があるわけではありません。ならばなぜ、『朝日新聞』と『産経新聞』は、あれほどに論調が違うのかとよく質問されます。どちらが嘘をついているのかと。結論から言えば、どちらも嘘はついていません。朝日と産経とでは、それぞれのマーケットが違うわけです。産経の読者の多くは自民党支持で保守層です。原発再稼働を支持するし、憲法は

変えようとの意見に同調します。朝日の読者の多くはリベラルです。再稼働は反対だし護憲派が多い。それぞれの記事はそのマーケットが喜ぶように加工されます。つまり、視点が違う。コップを下から見れば円だけど、横から見れば長方形です。まったく違うけれど、どちらが嘘ということではない。さらに日本の新聞は、世界でも珍しい宅配制度で、マーケットが固定化されています。だから、そのマーケットが望む方向に情報を加工する傾向が強い。まとめると、私たちが望む形にメディアは造形される。つまり、メディアは社会の合わせ鏡です。

ただし、そこに明確な作為はないけれど、視聴率や部数を伸ばすために、様々な加工や四捨五入はしたりします。例えば、かつて金正日を北朝鮮国民が呼ぶとき、日本のメディアは「将軍様」と翻訳していました。実際にはチャングンニムです。チャングンが将軍で、ニムは様。ならば、将軍様と翻訳して問題ないじゃないかと思われるかもしれない。でも朝鮮や韓国は儒教文化ですから、他者の呼称に「ニム」を付けることは原則なんです。社長はサジャンニムだし先生はソンセンニム。さらに、日本のように身近な人を第三者の前で呼び捨てにする文化もないから、北朝鮮国民が金正日をチャングンニムと呼ぶことは当たり前です。そして、例えば韓国ドラマなどで、ソンセンニムと学生たちが先生を呼んでいても、「先生様」と字幕がつくことはありえないですね。日本の文化に合わせて「様」は外します。ところが、「将軍様」だけは「様」を残すのです。なぜ残すのか。その方が、北朝鮮の異常さを強調できて、視聴率が上がるからです。つまりはこれも市場原理。でも、こうしたことの積み重ねで、洗脳された国民で異常な国としてのイメージが強調され、普通の交渉などできるはずがないとのコモンセンスが形成されてしまう。まさしくこれは、かつてアメリカやイギリスを鬼畜米兵と呼んでいた時代と同じです。だから、メディアを批判するのは簡単だし、当然なのですが、同時にそれは自分たちを批判することでもあるのだという意識を持った方がいいと思います。

藤原 先ほど北朝鮮のミサイルの脅威について、あれはロケットと呼ぶべきものであるというご発言がありました。日本ではイプシロンというロケットを打ち上げましたけれども、メディアは諸手を挙げて肯定的に報道していましたね。

 

古市 イプシロンは2年前に鹿児島で打ち上げが成功して、日本中で喜ばれていました。でもあれは森さんが言われているように、完全にミサイルです。固体燃料ロケットで、しかも、ほとんど作業員が必要なく、極めて短時間で発射の準備ができる。国際的に見たら、これは完全にミサイルの要件を満たしています。日本にはH-Ⅱのような液体燃料ロケットもありますが、それに比べると固体燃料ロケットというのは、人工衛星を積むという点から言えば性能がいいものではありません。すごく揺れるので、衛星に強度が求められるのです。だったらロシアに頼んだ方が、はるかに安いお金で打ち上げられる。だから本当は、日本国内で固体燃料ロケットを打ち上げるのは、もうやめましょうという動きもあったのです。でも実際は、JAXAや宇宙関係者が、何かあったときに軍事用としても使えますということをロビイングして、結果的にイプシロンを残すという経緯があった、という話を聞いたことがあります。でも、そういうことには触れられず、単純によかったねとだけ報じられています。これは、すごく危ういことだと思っています。安保問題のときは、やたら戦争について話題になるのに、実際に、もしかしたら武器になるかもしれないイプシロンのようなことに関しては、単純にマスコミも喜んで報道してしまう。

ただ、過剰にメディアをバッシングすることがいいことだとは思っていません。例えば最近、「嫌韓流」や「反韓流」など、韓国バッシングの本がすごく売れましたが、その一方では、韓国出身の東方神起とかEXOなどの人気もすごい。全国でツアーをすれば、優に数十万人を動員するわけです。だから、どこを見るかによって、韓国と日本の関係というものも、まるで変わってくるわけです。だから今、自分はどこを見ているのか。ニュースを見ているときに、これは全体の中のどこを報じられているのだろうと、意識することがすごく大事だと思います。

森 毎年8月になると、高畑勲監督の『火垂るの墓』というアニメ作品がよく放送されます。ご覧になっている方も多いと思います。戦時中、幼い兄弟が飢えて、最後に妹が死んでしまう、本当に辛い話です。最近、その高畑監督がインタビューで「あの作品は、全然、戦争抑止に役立っていません」と言われたことが話題になりました。どういう意味かというと、戦争の悲惨さ、辛さというものを描いて「二度と戦争をやってはいけない」というメッセージだけでは不十分なのだと言っているわけです。なぜならば「戦争は怖い」とか、「二度とごめんだ」などの意識ならば、「じゃあ、戦争を二度と起こさないために抑止力を身につけましょう」との話法に対抗できなくなる。でも結局は、この抑止力が原因で戦争は起きる。つまり被害者意識だけでは駄目なのです。自分たちも加害者になる可能性がある。あるいは、かつて加害者だったという意識をしっかり持った上で、どんなに戦争が悲惨なものか、凄惨なものかを語り伝えるべきで、加害者意識の方が抜け落ちてしまうと、逆に戦争を推進してしまうことにもなる。要約すれば、そういうことをおっしゃっていて、まったく、その通りだなと思いました。つまり、戦争と平和は共存してしまうのです。

ジョージ・オーウェルというイギリスの作家が昔書いた『1984年』という小説があります。いわゆるディストピア小説で、世界中が独裁体制の支配者に支配されてしまった状況を描いているSF小説です。その主人公が勤めている省庁の名前が「真理省」というのですが、これは歴史を捏造する省なのです。あるいは、常に戦争を継続しているのですが、その戦争をやっている省の名前は「平和省」です。全部、言葉が逆になっているわけです。現況の安全保障法制関連の議論を見ていると、まさしくそれです。いかに言葉を言い換えるか。去年「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」に変えた段階で、本来メディアは、姑息な言い換えをするなと、しっかり言うべきだった。あれで政権も味を占めたのでしょう。なんだ、言葉の印象を和らげればいいのだと。

だから、言葉とメディアと意識の三位一体というのは怖いです。かつては新聞やラジオくらいでしたが、今は映像メディアであるテレビが生まれて、ネットがあり、ツイッターなどSNSがあり、メディアの量から言ったら、まったく桁違いです。ということは、それだけメディアの副作用に気をつけなければいけない。情報に振り回された結果、私たちの意識が変わっていく。それによって一触即発になってしまう可能性が、より高まっている。そういった時代になっていることを、もう少し意識した方がいいと思います。

日本の加害者性を問う

古市 今、『火垂るの墓』の話が出ましたが、日本で放送される戦争関係の映画やアニメは、戦争の終末期だけを描くものが圧倒的に多いのです。こんなに悲惨でした、たくさん人が亡くなりました、ということを強調します。確かに、それは戦争の一事実ではあるけれども、例えば戦争が始まった初期は、日本はむしろ、戦争によってものすごく景気がよくなっていました。デパートで戦勝記念セールをやり、新聞も部数をたくさん伸ばしていた。だから実は、戦争は暗く重いものというイメージだけではなく、今で言うと、ワールドカップやスポーツ観戦のような形で盛り上がっていた国民も、当時はたくさんいたでしょう。だから、そういうことを全部抜きにして戦争末期の悲惨さだけを訴えるということは、あの戦争の一面だけしか取り上げていないことになると思うのです。

森 広島の慰霊碑には「過ちは繰り返しませぬから」とあります。これに対し、なぜ原爆を落としたアメリカを批判しないのかという声があります。でも、あれは加害と被害の双方、つまり自分たちも加害者でもあるという総意からの言葉で、だからこそ素晴らしいと僕は思うのです。

カンボジアのポル・ポト政権、クメール・ルージュが民衆を虐殺しました。100万人以上のカンボジア人が自国政権によって殺された。その歴史を国立の施設が展示しています。キリング・フィールド(処刑場)は、公園のような場所だったのですが、ある一本の木の幹に、ミサンガのようなものがたくさん付けられていている。何だろうと思ってサインボードを見たら「子ども殺しの木」と書いてありました。乳幼児の足をつかんで振り回し、この木に頭をぶつけて頭蓋骨を割っていたのです。だから、子ども殺しの木。何百人の子どもをここで殺し、その後、そばで泣き叫ぶ母親を兵士たち全員でレイプした。そういうことまで、しっかり書かれています。

ここには、外国から観光客がたくさん来ています。みんな本当に沈痛な表情で立ち尽くしている。でも、はたしてこのことが、カンボジアの国益を害しているでしょうか。アウシュビッツもそうですね。ドイツ国内にもたくさんのホロコースト展示施設があります。ならば多くの外国人はこれらの展示を見て、ドイツ人は何と残虐で冷血なんだと思いますか。多くのナチス映画が戦後に作られてきたけれど、それによってドイツの国益は害されているのでしょうか。別にカンボジア人やドイツ人に特化したことではなく、人間は本質的にそういう恐ろしさを持った存在なのです。虐殺は世界中で起きている。何かのスイッチが入ったときに、あり得ないほど残虐なことをしてしまう。それを、しっかりと認識するためにも、加害の記憶は大切です。だから明示する。公開する。記憶を刻む。ところが今の日本は、慰安婦や南京などのトピックが示すように、加害の記憶をどんどん消そうとしている。被害の記憶ばかりを強調しようとする。そして、「世界から称讃される日本」的な自画自賛の書籍やテレビ番組ばかりが増えている。むしろ、こっちの方が僕はとても恥ずかしいと思います。

藤原 そういう面から見ますと、親鸞という人は、自分自身の在り方を見つめ、常に慚愧されていた方でした。

真城 『歎異抄』に「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」とありますね。状況次第でどんなことでもしてしまうのが、私たち人間という存在なのだと。また「善悪の二つ総じてもって存知せざるなり」という言葉もありますが、そもそも仏教の基本的な考え方は、二つに分けないということです。「無分別」といいます。私たちは何か起こると、すぐに善か悪か、損か得か、勝ったか負けたかと分けたがる。あらゆることを二つに分けて、自分を有利な方に置こうとするわけです。今の加害者と被害者の問題でも、常に自分が悪くない方にいなければ収まらない。まず、そういうものの考え方の構造を持っているということを、自覚することがとても大切です。

とにかく境界線を引いて、差別化するのが私たちです。今の学校教育も、身もふたもない言い方をすると、勉強しないと差別される側に回るから、勉強して差別する側に回れよということが暗黙の内にある。勝ち組にならなければいけない。そういうことが、親が子どもに勉強させる動機になっていく。そういう発想のシステムの中で子どもが育っていってしまうわけです。

阿弥陀仏のことを「無辺光仏」ともお呼びしますが、それは辺が無い、つまり境界線を引かないということです。条件を付けて、分けることがない。私たちは本来きれいに二つに分けることなどできない、多様な環境条件や要素の中で生きています。しかも、それらは全て複雑に関係し合っているわけです。これを仏教では「縁起」といいます。その縁起の世界から言えば、私たちは本来、加害性も被害性も、どちらも持ちながら生きているわけなのです。でも、それを抱えて生きていくのは大変だから、すっきり早くケリをつけたくて、どちらかに分けて落ち着かせようとしている。だから「問い」が大切であるというところになかなか立てないわけです。とにかく早く正解を教えて欲しい。ずっと考え続けていくということが出来なくなってきているのです。だから、全てを正解と不正解に分けていく。あるいは常に二者択一が求められる。その発想そのものを、私たちは問うていかなければならないと思います。

教えを鏡として

古市 先ほど森さんから、ドイツなどでは戦争の記憶を残しているという話がありましたが、私も『誰も戦争を教えられない』という戦争博物館を回るという本を出したことがあります。その時に思ったのが、日本ではそもそも「戦争博物館」とは言わないのです。まさに言葉の言い換えで、平和博物館とか平和ミュージアムというものはたくさんあるのですが、戦争博物館というような名前で言っている場所は、おそらく靖国神社の遊就館ぐらいしかない。

日本の国立歴史博物館が千葉の佐倉にありますが、驚くことに2010年になるまで現代史の展示がなかったのです。なぜかというと、現代史の展示をすると戦争のことに触れないわけにはいかないからです。国立博物館である以上、戦争に触れたら、それが国家の意思とみなされてしまう。それが嫌だったということを率直に、館長がインタビューで答えています。つまり国家として、あの戦争を加害なのか被害なのかと語る視点を、そもそも持ちたくなかったというわけです。

つまり日本という国は、ここまで戦争というものを真正面から語りたくない。加害とか被害とかを、ずっとぼやかしながらこれまでやってきたわけです。でもそれは、何かの拍子に単純な被害者意識だけに転じたり、単純な加害者意識だけに転じる危険性が、ものすごく高いのです。だから、そうやってこれまでぼやかしてきたことの付けが、まさに今、回ってきているのではないかと思います。

藤原 学校の歴史教育でも、幕府が何年にできて、将軍は誰に替わったかということは、すごく詳しく学びますが、近現代、特に現代史のところまで行く前に、授業は終わってしまいます。だから安保法制の問題などについても、そもそも私たちがそのことを考えていく土壌というものが、しっかりしていなければということを感じます。

森 教育の問題は大きいです。以前、長野の教員の集まりに呼ばれたとき、僕の方から、今の藤原さんと同じことを質問しました。どうして歴史の授業は近現代史に行く前に終わってしまうのかと。すると歴史の先生が「いや、試験に出ませんから」と答えました。では、何で試験に出ないのですかとしつこく聞いたら、別の先生が観念したように「分かりました」と言いました。「じゃあ、答えます。教えられない理由は、僕らも教わっていないんです」と。その後もいろいろ説明されましたが、要するに戦後の日本の歴史教育は、近現代史になるべく触れないように教えてきた。下手に教えると父兄や、教育委員会から色々と言われるわけです。そういった状況の中で教師たちも、最も新しいはずの記憶をきちんと確定できないまま、70年が過ぎてしまったという側面はあるでしょう。

日本の戦争についてのメモリアルデーは、8月6日と9日が広島、長崎で、15日が終戦記念日です。これが代表的なメモリアル。でも、ドイツのメモリアルデーはベルリン陥落の5月ではなく、アウシュビッツ解放の1月27日と、ヒトラーが内閣を組閣した1月30日です。この違いは大きい。アウシュビッツの記憶は自分たちの加害行為です。でも、日本の場合、広島、長崎のメモリアルは自分たちの被害。もうひとつの日本のメモリアルは終戦。終わった日を起点にする。でもドイツは、戦争が終わった日ではなく、ナチス体制が始まった日がメモリアルなのです。だから、なぜ自分たちはヒトラーを選んでしまったのかということを、彼らは戦後もずっと考え続けている。もう一度言うけれど、この差は、ものすごく大きいです。

ブッダの「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」という有名な言葉も、これは加害行為について誡めているわけです。「殺されるな」とは言っていません。親鸞の有名な「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」(『歎異抄』第三章)という悪人正機の言葉も、まったく倒置したレトリックですが、ここに神髄があるわけです。ましてや親鸞は流罪にあって、多くの同僚たちは死刑になっています。今に置き換えれば、国家反逆のテロリストのような扱いを受けたわけです。

そういった人を宗祖に抱えた浄土真宗は、なぜかその後、首をひねりたくなるような多くの間違いを犯しています。部落差別問題やハンセン病問題など、全て権力に荷担しています。極めつけがあの戦争です。既存宗教は全て応援の旗を振りましたけど、特に浄土真宗はアジアへの侵略を聖戦などと呼んで、積極的に戦争に荷担しました。あの宗祖がいながら、どうしてこれだけ間違えるのだろうとも思いますが、同時に、浄土真宗の面白いところは、それを徹底して反省するところです。今日の催しもそうですけど、特に大谷派は今回の安全保障関連法案に対しても抗議声明を出しています。靖国参拝についてもそうですし、非戦決議も出しています。自分たちは、こんな過ちを犯しましたと、しっかり出してくる。これは都合の悪い歴史から目をそむける傾向が強い日本という風土において、すごく珍しいですし、ある意味でとても貴重な存在だと思います。

藤原 ありがとうございます。おっしゃる通り、真宗教団には親鸞の教えの精神に背いてきた歴史があります。その歴史を、しっかり見なければいけないことも、また親鸞に学んでいかなければいけません。

真城 親鸞という人がとても大事にされた善導という中国の僧の言葉で「経教はこれを喩ふるに鏡のごとし」(『観経疏』)というのがあります。ブッダの言葉とそれを受け止め表現された方々の文章は、鏡なのだということです。私たちが反省に立つことができるとすれば、そこに鏡があるからです。人間は外見を映す鏡は必死に覗き込みますが、自分のやってきたことを振り返る鏡というものは、なかなか持ちたがりません。しかし、そこに帰らなければ、私たちは真宗を名乗ることができない。親鸞という人の教えの流れをくんでいる者であるというところに立つことができないのです。

ISなどもそうですが、今、世界では宗教を盾にした様々な争いが起きていると報道されます。それは宗教の問題ではなくて、それを使う人間の問題です。人間が宗教を便利に使おうとしている。そういう人間の愚かさもまた、鏡に映して初めて思い知らされることになるのです。先程も少し出てきた、親鸞の「悪人」という言葉は、そういう鏡に映る自分をちゃんと見た、「自覚ある者」ということだと思います。自分が、いかに自分中心の発想からしか動いていなかったか。そういうことに目が覚めた人を「悪人」と言うのです。逆に「善人」は、これが正義だと思いこんで、自己を疑うことなく正しさを振り回している人のことを指します。今の政権でも「正しい」とか「適切に」という言葉が答弁の中によく出てきますが、でも仏教では、本当の正しさということは、人間の知恵からは出てこないと教えています。人間の知恵では、どれだけ頭をひねっても結局、自分に都合のいい物語にしかならないのです。ブッダというのは「目が覚めた」という意味です。何に目覚めたかというと、そうやって自分の都合でしか生きることの出来ない人間の正体に目覚め、そういう者がどう生きることで安心して尊く生きることができるのかに目覚めたということなのです。そういう仏さまの言葉を聞いて、鏡としていく。この自分の真実の姿を映す鏡を持っているかどうかが、宗教においてはとても大事な問題だと思います。

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