2019年12月28日

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逆転感謝

小窓のあかりVol.18

日々育児に追われていると、いろいろなことがおざなりになってしまう。夫の夜ごはんや出張の準備、枕カバーの洗濯に冬物への衣替え、髪の薄くなった夫の薬用シャンプーの補充など、ほとんどが夫にまつわることだが、私は育児を言い訳にして、できなくて当然、どうして私がそんなことまでやらなきゃいけないのといった顔をしている。一方、夫はそんな私を責めるでもなく、少しでも私の負担を減らそうと育児にも協力的だ。

ある晩、ふと夫の寝顔を見ると、申し訳ない気持ちになった。夫は6年前に胃癌を患い、胃の3分の2を切除した。当時私たちはまだ結婚していなかったため、手術に立ち会うことができなかった。その時、私は彼の最期を看取りたいと強く思うようになり、私の希望で強引に結婚した。というのに、今では夫のことなどお構いなしだ。明日の朝は笑顔でおはようと言おう。いつもありがとうと言おう。そう心に決めて眠り、翌朝、娘の泣き声で目を覚ますともう忘れていた。これはいかん。夫への感謝の気持ちを書き記し、トイレに貼ることにした。一日一枚、「今日もありがとう」「夫婦でいてくれてありがとう」とメモを貼る。しかし、気づけば、「明日は資源ごみ」「小松菜、にんじん、卵」となってしまった。ならば、感謝の歌を作ろうと思い立ったが、作曲の能力などない。日頃からラップを聞くのが好きだったので、夫の名前で韻を踏み、感謝の意を伝えることにした。「♪ほりえあきみつ サンキュー愛寄附 こうして謝辞言う 毎日アイウィルありがたや 起きて張り切る 恋ってナイーブMyキング 感謝のノリで、はいチーズ♪」。聞こえるように一日中唱えていたら、突然、夫が叫んだ。「頭がおかしくなるからやめてくれ!」。夫も仕事と育児でへとへとだった。そこに意味不明なラップを延々聞かされてはたまらないと言う。私がラップをやめると、夫は「ありがとう、やめてくれて本当にありがとう」と何度も感謝してくれた。そう、いつの間にか感謝がねじれてしまっていた。

堀江 彩木(渋谷区・諦聴寺)

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