サンガコラム
アレの距離感と「3密回避」
格別トラ・ファンでもないので気にも止めなかったが、昨年の阪神は随分「アレ」で盛り上がった。「いよいよアレ」「アレ間近」……。アレとはむろん優勝のこと。ただし剥き出しに名指しはせず、ぼんやりとアレと呼ぶところがミソである。おかげで選手たちは無益な緊張からは逃れ、リラックスした一体感の中で、18年ぶりのアレ(セリーグ優勝)に立ち向かうことができたというのだ。
新聞報道によると岡田監督はオリックス監督だった2010年当時、すでに優勝をアレと呼んでいたというから、野球の技術論を超えるこの「言葉の力」戦略は、彼の長い経験に裏打ちされたものだろう。そう、あからさまにいうのではなく、ぼんやりと隠すことによって却って新たな力を引き出してくるというメカニズム。
阪神の躍進が本当にそのせいだったかどうかは別にしても、アレ語法は選手やファンを超えて多くの日本人の心にも響いたようで、「冬になると食べたいアレ」「懐かしい理科実験室のアレ」などと、今ではすっかり流行語である。同調圧力が強く、空気を読むことが求められる日本社会では、言葉の定義を厳密につきつめる態度より、アレで済むならその方がはるかに好ましいのだろう。
もう一点。アレのかもすぼんやり感は、物事との間に置かれた距離に由来するものでもある。なにしろコレに対するアレ、ココに対するアコ(あそこ)、コチラに対するアチラのアなのだ。やや突き放したところがある。このことと、コロナ禍のこの4年間、われわれ日本人に強いられた「3密回避」など離隔をよしとする体験とは、果たして無関係だろうか。
稲垣 真澄(フリージャーナリスト)
学校で「疾風怒濤」という言葉を教わった。妙に「そうか」とうなずいた。友だち同士で習いたてのこの言葉を振り回し、いい気になっていた。十代の終わりごろで、意気軒昂だった。
半世紀以上たって、いきなり疾風怒濤の中に投げ込まれた。一昨年以来、未知の病気がまん延し、世界中が嵐の中を航海している様相になっている。いつ横波に襲われて、生活という船が転覆するか知れない。
若いころの無鉄砲さも影を潜め、世渡りの術も少しはおぼえ、「こんなものか」と自分と折り合いをつけたと思っていた矢先、そのような世間知がまったく間に合わない事態に直面した。毎日毎日が「きょうはどうするか」の連続だった。
理不尽だが、現実だから、みなで知恵を出し合って、世界的規模のこの困難を乗り越えていかなければならない。
昔読んだ柴田翔の『されど われらが日々―』の終章の言葉を思い出す。
時代が違うから違う困難ではあったけれども︑困難があるという点では同じだった。(略)だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだ。
自分でなくてもいい。自分たちの中から明日への希望をもって、あゆみ出す人のいること、その姿がみなの希望になる。
本願寺第8代の蓮如(1415 〜1499)は、宗祖親鸞の命日を「明日」と書いている。戦国乱世のただ中で、死という人生の総括の日を明日への出発と受け止めた感性はすばらしい。