2020年12月18日

Category サンガコラム

他者というリスク

深慮遠望Vo.1

 新型コロナウイルス感染予防のための自粛生活を余儀なくされて、われわれは改めて他者との接触のリスクに気づかされた。なにげなく握っていた電車のつり革も、エスカレーターの手すりも、扉のノブも、さらにはATMのタッチパネルさえもが不気味な感染への不安を駆り立てるものとなった。こういった見えない他者の痕跡ともいうべきものが、われわれの存在を危うくする。したがって、眼前にいるコロナウイルスに感染しているかもしれない他者そのものはいっそう危険な存在となる。こうして、多くの人間が集まることや、親密に他者と隣り合い、向き合うことが回避されることになった。

 しかし、他者との接触が回避されれば、当然社会生活は成り立たなくなる。医療も経済も教育も、そして恋愛さえも不可能となる。それどころか、われわれの生存そのものが他者との接触によって維持されている。無人島にひとりで自給自足生活をする以外、生きていくためにわれわれは他者からのさまざまなものの供給に頼らざるをえない。つまり、生きるということは他者と接触するということである。

 他者はわれわれにとってリスクである。しかし、リスクであるからといって、それを回避するだけでは生きていけない。食べ物がそうであるように、他なるものを自分に取り込むことでわれわれは生きる力を得る。そこにはつねにリスクがつきまとう。それが毒かもしれないからである。したがって、他なるものを、他者を、慎重に見極め、かつ果敢に受けいれる勇気が必要となる。だからこそ、その見極め、勇気を支えるための、自分にとって何が一番大切なものなのかという信念と確信が求められることになる。

 

 

 

池上 哲司 (大谷大学名誉教授)

最新記事
関連記事

記事一覧を見る

カテゴリ一覧
タグ一覧
  • twitter
  • Facebook
  • Line
  • はてなブックマーク
  • Pocket