2021年10月06日
Category サンガコラム終活
老いて、思うように食べられず、動けず、他人の介助なしに一日が過ごせなくなっても、その人独特の優しい風貌があり、生死についてのこだわりがゆるんでいるような状態を、老年性超越、と呼ぶらしい。アメリカインディアンの古老の顔が浮かぶ。当たっているとも思えるし、そうあって欲しいとも思う。
一方、診療所の病棟に目を転じると、現実は混沌としている。1号室からは「ええっちゃ、もうええ、ええっ!」と88歳の男性の叫び声が溢れ出る。看護師が延びた爪を切ろうとしたら、拒否の大声が始まった。7号室からは「ちょっと、ちょっと、そこのばば、新聞!」と看護師が呼び止められる。声の主は89歳の女性。「帰る、帰る、谷の家に帰る」。家は廃墟に化し、老人施設に入所中に食べられなくなり、診療所に入院となった。「お父さんとお母さん、長いこと会っとらん、会いたい、帰る、帰る」と叫びは続く。
93歳で乳癌と診断された女性は、治療を拒み漁村の家で過ごしていた。腫瘍は増大化し、自壊する。「もうどうでもええ、早う死にたいわ。こがなもんができて、何しに生きとらにゃいけん!」と怒る。海に注ぐ川岸で、幼なじみとタバコ吸いながら四方山話をするのが唯一の楽しみ。3か月が経ち、腫瘍は広がり、背が痛み、食べれなくなった。「昔は田植えも稲刈りも、男に負けんほど朝から晩までがあがあ動き回ったのに、こんなことだ」。
往診した時、暗い部屋にうつ伏して、苦しそうだった。娘さんにも事情があり…