コラム|「素直さ」と「静けさ」 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館

2022年04月08日

Category サンガコラム終活

「素直さ」と「静けさ」

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.65

 

 90歳になっても詩人の谷川俊太郎さんは青年。脳も心も青年。老いないか、と言うとそんなこともないと思うけど、何か青年。「通販生活」(2022年春号)にインタビュー記事が載っていた。記事の中で谷川さんの心の底に流れているものが魚のようにピョンと跳ねている。「戦争による死の恐怖は?」と聞かれて「B29の焼夷弾の跡を自転車で見に行った時(13歳として77年前)、黒焦げで鰹節みたいになった死体を何体も見た」と答えている。

 詩人に限ることはないが、谷川さんの脳にも絵画や映画や想像したり自分で創作したりしたものが残るが、他に、目の前にした現象も深く刻まれるんだ。

 「自分の好きなところ、嫌いなところは?」と問われ、「ほんとだな」と思った。カトリック教会で言う「七つの大罪」は傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。「子どもの頃から自分にひそむ傲慢を嫌だと思ってました」とある。谷川さんに会って傲慢を思い浮かべる人っていないと思う。でも「ひそむ」で読者は自分の傲慢にはたと気がつく。「傲慢」は、谷川さんのお母さんからの教えでもあったようだ。

 「好きなとこは?」の返答は、「強いて言えば素直さでしょうか」。素直さが心に届いた。谷川さんは大切な哲学者だと僕は思ってきたが、その根っこに、球根のようにして「素直さ」がある、そんな絵が浮かんだ。

 「素直さ」の他にもう一つ詩人の本質を塀の節穴から覗かせてもらった言葉がある。「幸せとは何か?」と問われ「不幸せと感じている人は自分にとっての幸せを考え、その答えは人によって千変万化」。「幸せを別の言葉で言い換えると」と問われ、「今の私にとっては『静けさ』でしょうね」だった。「素直さ」と「静けさ」は谷川さんの本質を作ってる。

 さて、最後の27番目の質問。「年をとってよかったことは?年をとってよくなかったことは?」。答えは意表をつく。「よかったことは何事にも腹を立てなくなったこと、よくなかったことは何事にも腹を立てなくなったこと」。鮮やかなさばきが心に残った。

 

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』(共著)など多数。

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