親鸞フォーラム第1回 | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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親鸞フォーラム

親鸞フォーラム第1回

親鸞フォーラム第1回

基調講演:五木寛之

テーマ:人間親鸞のすがた

パネルディスカッション
テーマ:悩む力・生きる力

パネリスト
姜 尚中氏(東京大学大学院教授)
田口 ランディ氏(作家)
本多 弘之氏(親鸞仏教センター所長)
コーディネーター
菅原 伸郎氏(東京医療保健大学教授)

今、〈人間〉を見つめる
ー人間親鸞のすがたー

菅原 今、「悩むことはいけないことだ」と学校などで教えられています。しかし、悩むことはマイナスの面ばかりではなく、人間の成長にとても大切なことではないかと思います。親鸞聖人も若い時には深く悩まれ、苦しまれました。そこでこのたびこの「親鶯フォーラム」のシンポジウムのテーマを「悩む力・生きる力」としました。
はじめに、パネリストの方々に「悩む」ということについてお話いただきたいと思います。

 私は、子どものころ、ある時から自分の出生の問題やまわりの関係、いろいろな問題で非常に悩み、そのモヤモヤを自分の内側にずっともっていました。外から見ると、非常に外交的なのですが、もう一面、自分のなかにこころの殻みたいなものがありました。先ほど講演のなかで五木さんは「情」ということについて話されました。この情というものは、おそらく人間の選択ではなかなか左右できないもの、つまり人間が先天的に与えられたものです。例えば五木さんであれば、なぜ戦時中平壌にいたのか。それは、やはりご両親が朝鮮半島に行ったからですね。では、なぜ行ったのか。そのように考えていくと、人間には、自由に選択できないものがあります。ですから、情や情けというものが、こころとして表に出てくるわけです。21世紀になり、我々の社会は、自由を謳歌し、それが社会のすべての幸福につながると考えてきました。しかし一方で、潜在的にどこかで、実はそうではないことに気づき、疑問に思いながらも口に出せず、人間関係のなかで押し殺してきたと思います。そこに「悩み」というキーワードが与えられ、潜在的に隠されていた情念に響いたからこそ、私の著書『悩む力』(集英社新書)が多くの人に読まれたのだと思います。

考えてみますと、『悩む力』において私がふれた夏目漱石や社会科学者のマックス・ウェーバーは、 19世紀末といういわゆる世紀末を生きていました。これは、ある種、仏教でいうところの「末法」の時代であり、今の時代と似ているわけです。
漱石の小説『こころ』に、「自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しさを味わわなくてはならない」と、遺書を残した先生の台詞がありますが、これは今の時代でも同じことが言えると思います。なぜこんなにも自由なのに、こんなに淋しいのだろう、なぜ孤独なのだろうと感じつつもこれを変えられない。このような「時代」を最初に理解した人は、やはり私は漱石だと思いますし、世界的規模では、ウェーバーだと思います。私はこの二人をべースにして今の時代を見ていこうと思っています。

亡くなられた評論家の加藤周一さんは、以前テレビでこのようなことをおっしゃっていました。「結局、日本が数百年間かかってやってきたことは、非人間化、非個性化、そして没人間化だった。その犠牲のうえに、戦前は軍事力、戦後は経済力と、我々はどこかで「改革、改革」と言われながら、内心、もうやめてくれという意識もあったんじゃないか」と。「もういい、やめてくれ。もう少し自分が生きやすいように生きたい。そういう社会にしてくれ」という潜在的な願望が私たちにはありながら、それがなかなか社会や政治のなかでうまく生かされない。とにかく前へ進めということなのですね。

また、加藤氏は、「1968(昭和 43)年」にこだわりを示して話をされていますが、考えてみると、1968年は末法的な世界ではないけれども、戦後にあって、世界を変えなくてはならないという意識がありました。しかし、それを40年間やりすごして今に至っているわけですね。

1930年の昭和恐慌の時代のころの大川周明という人の本に、「日本が内と外側から崩壊しつつある。ドル支配による資本主義の世界は頂点に達し、ソビエトに社会主義ができあがり、日本はその二つの間で右往左往している。米騒動、そしてさまざまなテロがあって」とあります。私は、今の時代は一番近いところで、昭和恐慌の時代に少し似ているのではないかと考えています。人々の問にある、こころとしての「情」というような、潜在的に隠された情念を救いあげる言葉の力や政治というものがないと、これはテロに向かうと。あの秋葉原で起きた事件(2008年)もそうでしょう。今大切なのは、そのような潜在的に隠された情念に対する適切な言葉や政治だと思うのです。適切な何かを出さなければ、おそらく非常に間違った方向なり、あるいは盲目的な情動となって社会を動かしていく可能性もあるのではないかと危唄しています。

菅原 「隠された情念」ということについて、その気持ちをずっと書き続けてこられた方が田口さんでしたね。

誰のこころの中にも 「私は私でいい」という 全肯定の存在があると思う。

田口 若い人たちの「悩み」について、とてもお伝えしたいことがあります。今、正体がわからない悩みが増えています。なぜ不安でつらいのかわからない、いつも重苦しいなど、モヤモヤとした感じを抱えた若者が増えています。この悩みは、人に相談しても悩みとして相手にはされないので、本人も「悩みは特にないかもしれない」と思ってしまう。しかし本人には、ずっとこの気持ちがつきまとっているのです。悩みの前に悩みがわからないから、もう力の入れようがありません。それが現代人の悩みです。

先に結論を言いますと、このモヤモヤの正体というのは自己肯定感のなさです。今の若い人たちは、とてもエゴイスティックに見えたりポジティブに見えたりしますが、実は自己否定的なんです。わがままや自由気ままというものと自己肯定とはまったく関係のないことです。「私が私でいい」「私であっていいんだ」「これでいいんだ」という感覚は、人間が生きていくうえでの土台なのです。その土台の上に家を建てているのが人間です。ところが今の若い人たちは、この土台をつくってもらえてないのです。この自己肯定感は、子どものころに親や家族のなかで、両親や祖父母に囲まれて培われていくものです。

子どもというのは、全存在がいのちそのものみたいなものだから、小さい時期は多少嫌なことがあっても家庭のなかで、なんとなく「みんな人はいろいろなんだなあ」という感じで、「俺は俺で、これでいいんだ」と自己肯定感をつくっていくのです。しかし、現代はそれができにくくなっています。しかも多くの大人は子どもの時のことを忘れて、大人の自意識で子どもの世界を見てしまい、無垢な子どもの世界に踏み込み「よい子」を押しつけてしまうのです。

本当はよい子に育っていなくても親は子どものことを愛しています。しかし、子どもが成績のよい、“まともな子”に育たないと、親の責任というプレッシャーを感じてしまい、結果的に大人の都合で親の気に入らない子どもの部分をばさっと切り捨ててしまう。だから子どもは、親の顔を見てうまく生き抜こうとします。こうやって、本当に真剣に、嘘のない世界で人間との信頼関係を築かなければならない時に、子どもたちは大人社会を身につけて、小学校でもそれをやってしまう。だから小学校のなかがとてもぎすぎすしてしまう。子どもは、小学校の時には、ぶつかり合ったり、けんかし合ったり、本音で言い合ったりするなかで、本音でぶつかり合っても大丈夫なんだという、人間に対する信頼感を育てなけれ
ばならない時期なのに、それができなくなっているのです。すると、自分のことを条件付きでしか好きになってくれない、なにかいろいろな条件を満たしておかないと、自分のだめな部分は人から切り捨てられてしまうと感じてしまう。そこにとても不全感を感じ、なにをやっても満たされないという感覚をもってしまいます。

今、この若い人たちを中心に、新しいタイプのうつ病が広がっています。非定型うつ病とも呼ばれますが、一見うつに見えないし、本人もうつという自覚がありません。しかしある時突然、会社に行けなくなったりする。そこで病院へ行くと診断書を書いてくれるので、休みをとる。そうしたらとても元気になるのですが、翌日会社に行こうとするとまた、うつの症状が出てしまう。このような人がとても増えています。

そういう若者の悩みを私たちの世代は理解しがたいのです。いくら必要だとわかっていても、「甘え」というものについてマイナスのイメージをもって育てられているから、肯定的になれず、説教をしてしまうのです。しかし、この人たちは甘やかされて育っているように見えますが、一度も無条件で甘やかされていないし、その実感もありません。また、親が望むオンリーワンを目指してきたから、自意識だけはとても強いのですが、自己肯定感が弱い。自己肯定感とは、「生きていい」という感覚で、他者とのつながりのなかで生まれます。だから私は自己肯定できなくては、他のいのちへの共感も薄いし、いのちの尊さはわからないと思います。

こういう不全感を持っている人たちは、多かれ少なかれ「自己愛障害」を持っていて、こころのどこかで愛されなかったということへの何とも言えない陰鬱な恨み感を抱えています。それも本人は自覚はしていません。
阿弥陀様というのは、あなたがどのような人間でも救おうぞ、という本当の全肯定の存在だと思います。私たちが、この浄土真宗の信仰を800年持ち続けてきているということは、人間のこころのなかに、全肯定されるイデアというか、概念というようなイメージが存在しているからだと思います。阿弥陀様は外にあるというより私たちの内側にある全肯定的概念だと感じています。それを言葉によって呼び覚そうというのが「南無阿弥陀仏」ではないかと思います。

この自己肯定という土台が弱くなってきた時代に、人間にとって、阿弥陀仏、無量寿光という全肯定の存在というのは、再発見されるべき日本の宝物ではないかと感じています。

自分が生きているということを成り立たせる大きな場に気づくとき、生きる意味が与えられる

本多 私も田口さんが言われたように、なぜ悩むのかがよくわからないままに、長い間悩みに取りつかれながら親鸞聖人の教えをたずねてきました。私自身、はじめは「他力」ということもわからなかったし、親鸞という人がおっしゃる論理もよくわかりませんでしたので、『歎異抄』も受け止められませんでした。ですが、長い時間をかけてわかってきたことは、私の方から真理を求めよう、わかろうとしていたことでした。自分を中心に物事を理解しようという発想では、聖人の言葉とすれ違うばかりでした。

聖人は、自分が生きていくことを成り立たせる大きな場があると言われます。そしてその場に気づくと、それは「自分のためにある場であった」というのです。『歎異抄』に「親鸞一人がためなりけり」という有名な言葉がありますが、自分のためであるということが見えると、不思議な感覚ですが、その場が自分だけがいる場ではなくて、みんなが同じようにいる場だということが見えてきます。

その場を見る目ということを、今、田口さんは「阿弥陀様」という言葉で押さえられましたが、その大きな目を我々は持つことがなかなかできません。どうしても自分の小さな目でものを見ようとします。聖人はこれを「自力」と言うのだとおっしやいました。そうではなくて、どこかで自分を見ていると感じられる目が、自分にいつも寄り添って、励まして、育て、時には激しく批判してくださる。そういう存在を感じられることが、聖人が私たちに呼びかけようとする、こころの転換なのかもしれません。

では、どのようにしたらその大きな目に気づくことができるのでしょうか。例えばそれは「恥」ということです。恥ということを親鸞聖人は、人が信心、つまり信ずるということのなかの大事な契機としておさえられています。人は、亡くなった人を前に、自分自身が何かに背くような生き方をしたなと気がつくと、恥ずかしいという思いが出てきます。それは自分で気づくわけではなくて、自分がおかれている大きな場の眼が、人間にとって恥は大事なのだということを教えているのです。仏教では、恥を知らなくては人間とするとまた、うつの症状が出てしまう。このような人がとても増えています。

そういう若者の悩みを私たちの世代は理解しがたいのです。いくら必要だとわかっていても、「甘え」というものについてマイナスのイメージをもって育てられているから、肯定的になれず、説教をしてしまうのです。しかし、この人たちは甘やかされて育っているように見えますが、一度も無条件で甘やかされていないし、その実感もありません。また、親が望むオンリーワンを目指してきたから、自意識だけはとても強いのですが、自己肯定感が弱い。自己肯定感とは、「生きていい」という感覚で、他者とのつながりのなかで生まれます。だから私は自己肯定できなくては、他のいのちへの共感も薄いし、いのちの尊さはわからないと思います。

こういう不全感を持っている人たちは、多かれ少なかれ「自己愛障害」を持っていて、こころのどこかで愛されなかったということへの何とも言えない陰鬱な恨み感を抱えています。それも本人は自覚はしていません。

阿弥陀様というのは、あなたがどのような人間でも救おうぞ、という本当の全肯定の存在だと思います。私たちが、この浄土真宗の信仰を800年持ち続けてきているということは、人間のこころのなかに、全肯定されるイデアというか、概念というようなイメージが存在しているからだと思います。阿弥陀様は外にあるというより私たちの内側にある全肯定的概念だと感じています。それを言葉によって呼び覚そうというのが「南無阿弥陀仏」ではないかと思います。

この自己肯定という土台が弱くなってきた時代に、人間にとって、阿弥陀仏、無量寿光という全肯定の存在というのは、再発見されるべき日本の宝物ではないかと感じています。

本多 私も田口さんが言われたように、なぜ悩むのかがよくわからないままに、長い間悩みに取りつかれながら親鸞聖人の教えをたずねてきました。私自身、はじめは「他力」ということもわからなかったし、親鸞という人がおっしゃる論理もよくわかりませんでしたので、『歎異抄』も受け止められませんでした。ですが、長い時間をかけてわかってきたことは、私の方から真理を求めよう、わかろうとしていたことでした。自分を中心に物事を理解しようという発想では、聖人の言葉とすれ違うばかりでした。

聖人は、自分が生きていくことを成り立たせる大きな場があると言われます。そしてその場に気づくと、それは「自分のためにある場であった」というのです。『歎異抄』に「親鸞一人がためなりけり」という有名な言葉がありますが、自分のためであるということが見えると、不思議な感覚ですが、その場が自分だけがいる場ではなくて、みんなが同じようにいる場だということが見えてきます。

その場を見る目ということを、今、田口さんは「阿弥陀様」という言葉で押さえられましたが、その大きな目を我々は持つことがなかなかできません。どうしても自分の小さな目でものを見ようとします。聖人はこれを「自力」と言うのだとおっしやいました。そうではなくて、どこかで自分を見ていると感じられる目が、自分にいつも寄り添って、励まして、育て、時には激しく批判してくださる。そういう存在を感じられることが、聖人が私たちに呼びかけようとする、こころの転換なのかもしれません。

では、どのようにしたらその大きな目に気づくことができるのでしょうか。例えばそれは「恥」ということです。恥ということを親鸞聖人は、人が信心、つまり信ずるということのなかの大事な契機としておさえられています。人は、亡くなった人を前に、自分自身が何かに背くような生き方をしたなと気がつくと、恥ずかしいという思いが出てきます。それは自分で気づくわけではなくて、自分がおかれている大きな場の眼が、人間にとって恥は大事なのだということを教えているのです。仏教では、恥を知らなくては人間ではないと『涅槃経』で説かれています。人間が生きている限り恥をかかないことはあり得ません。「厚顔無恥」という言葉もありますが、それはどこかで隠しているだけであって、本当はこころのなかに恥があり、痛みがあり、人に言えない辛い過去があったりする。それが実は大事な、悩みを中からたたき上げてくる力なんです。そういう契機がなければ、我々は外からの目に気がつくということも起こってこないのでしょう。

姜さんがおっしゃった「悩む力が大事だ」ということを私なりに受け止めれば、人間はみんな悩む力を持っているし、悩まざるを得ない存在である。その悩まざるを得ない存在が、自分の見えている目ではない眼差しに気づかされる。すると、こんな身だけれども生かしてもらっているというこころも起こるのではないかと思います。それは、「俺が、俺が」という眼では絶対に気づけません。そのような眼の大切さを親鸞聖人は教えられているのだと思います。

我々はあと2年で宗祖の七百五十回御遠忌をお迎えします。聖人が生きた時代からは800年程過ぎているわけですけれど、その教えが私たちを非常に強く惹きつける。現代においていろいろな問題があっても、聖人の教えは、そこに自分というものが許されてあるということに翻っていける、大きなきっかけになるのではないかと思います。

自己と他者という関係を 越えたものとの出会い

 「人間がどう生きるか」という意味や価値については、どんなに科学が発達しても導き出せない課題だと私は思います。では、どうしたらいいのか。やはりそこでとてもいろいろなことが見えてきて、その時に「生きる意味」を考えざるを得なくなるのではないでしょうか。

つまり、人間は生きる意味を考えざるを得ない「業(ごう) 」のようなものを持っているから悩むのです。「なぜ」ということを突き詰めていけば、答えがない。しかし答えがないところで、どこかでそれをせき止めなければならなくて、ヨーロッパではそれを神と言わざるを得ないだろうし、仏教においては、それとまた違うものを。そう考えていくと、私たちの社会は、人間が考えなければならない意味を、巧妙に何か商品化された記号へと移し変えていく仕
組みがあります。例えば、「三種の神器」と言われたような家電のように、そういうものを手に入れないと満足できない。気がつけば、膨大なものが私たちの周りにある社会になったのです。しかし、これらは本当に自分が望んだものだろうかと、今、みんなが考え出したのではないかと思うのです。

私はこの意味の苦悩みたいなものを乗り超えられれば、どんなに楽かと考えたこともありましたが、今はそうではないと思っています。例えば、最初から自己肯定を与えられて、難しく言うと、否定性の契機を持ち得ない子どもたちがどうなるかというと、江戸川乱歩の『鏡地獄』のようになるのではないかと思います。360度、自分の顔や体しか映らない鏡のなかで、他者がいないから自爆してしまうのです。秋葉原で起きた事件でも加藤という人は、結局、鏡のなかで自分だけしか見ていなかった。一生懸命他者を求めながら、鏡のなかで自分しか認めていなかった。結局、彼が殺したのは、自分自身でもあったのではなかったかと思います。そういうふうに自我というものはなっているのではないでしょうか。
それを取り払って、自己と他者という関係をもう一つ超えたものと出会い、それが自分たちの外側にあるのではなくて、自分たちの内側にあるものとして理解した時に、初めて我々は、価値とか、意味とか、倫理というものに目覚めていくのではないかと思います。

私たちは資本主義の市場がつくりだす機械的で、パサパサとした人間関係を否応なしに生きています。そして科学技術の恩恵を享受すればするほど、人間の意味や価値というものが、ますます失われていく。そういう隘路にあります。ではどこでそれを突破できるのか。私はそのために、やはり悩んだほうがいい、意味を詮索したほうがいいと思います。今の時代は、その「わからない」ということを率直に言える時代だと思います。それを率直に言うことを通じて、ある種、自分なりの「生きる意味」をつくりあげていく。そのためにはどうしても他者が必要です。それが教団であったり、宗教的な集まりであったり、いろいろあると思いますが、そういうなかで、やはり親鸞聖人の教えというものを、人々が学び語り合っていくことが必要だと思います。

「生きる意味」と 「生きる意味がない」 ということは、 もとは一つのことの裏表

田口 私が作家になるきっかけは兄の自殺でした。兄が死に、そのあと母が死んで、昨年、アルコール依存症の父親が死んで、家族みんなを看取っていくなかで感じたのは、「生きる意味なんかないんじゃないか」ということでした。「みんな死ぬのに、なぜ私たちは生きているのだろう」と、とても考えました。

ですが、「生きる意味」と、「生きる意味がない」ということは、もともと一つのことの表裏のような気がします。意味があるから、無意味があるのです。つまり、生きる意味が最初からまったくなければ、何もないわけです。親も選べず、性別も選べず、何かこうやって肉体を持って生まれ、そこから生きなければならなくなった。私たちは生きる意味を探すしかないけれども、「では私はどこから来たのか」ということを求めることは無意味なのです。この意味と無意味の、何かクルンとひっくり返る感じがいつもわかったようでわかりません。でもそこに何か秘密があるような気がしています。

私は先程、阿弥陀様の話をしましたが、実は無宗教です。私がなぜ信仰に関して一歩引いているのかというと、自己都合で宗教を利用してしまいそうでいやだからです。

そういう意味で親鸞聖人という人はすごいと思います。そういう自己都合を一切、徹底的に排除しています。800年も前に自己都合を良しとしない親鸞聖人という人がいたのはすごい。今まさにそのような姿勢が必要ではないかと思います。

本多 人間は、なぜここに生きなければならないのかと、その意味を求め、問うのかというと、入間が自分を気にする意識を持っているからです。自我を感じると同時に、なぜ自我がこうして生きていなければならないのかを問わざるを得ない。つまり意味の問いということが出てくるわけです。しかしどうしてもこの世を生きている人間として、与えられた相対的な条件のなかで意味を探そうとして、何か人よりも違ったこと、大きなことをやったというかたちで意味づけをしたがります。近代化のなかで人間も機械のように科学の論理でユニット化されるようになってきましたが、自分という存在は何にも代え難いわけです。たとえ愚かであろうと、罪が深かろうと、この自己は他のものには代え難い。だから、意味を問わざるを得なくなる。しかし、意味を問おうとすると、有限な存在として有限な関係のなかで意味を考えなければならないので、結果、他を踏み潰してでも自分だけ豊かさという意味をつくろうとして、ひどい自我主義的な意味をつくろうとするのです。私は、結局、意味の問いを持つということが、人間の傲慢さでもあるし、人間の罪でもあると思います。

親鸞聖人の教えを、近代において受け止めなおした人に清沢満之という人がいます。清沢は「天命に安んじて人事を尽くす」と言っています。「天命に安んずる」。つまり与えられた事実は、単に自分の自由な選択で、自分の思いのごとくあるのではなくて、今あるということは、これはもう必然なのです。なぜこんな時代に、こんな身に産んでくれたのか。誰も自由に生まれ出た存在はないのです。『歎異抄』では、我々一つひとつの行為や意識、思想はすべて「宿業にあらずということなし」とあります。受け取り方によると運命論になってしまいますが、そうではありません。一つの存在は、深い因縁のなかで、たまたまこのいのちを賜ってある。そして、自分の与えられている有限な条件のなかで、「なぜ」という問いに対して一生懸命に向き合い、大きなはたらきのなかに眼差しを感じて、自分の与えられたいのちで全力を尽くすということです。そしてその結果は、「良い、悪い」ではないのです。

私は田口さんが、信仰が嫌いだというのは、信仰のなかに、人間がつくった虚偽空間を信ずるということがあるからだと思います。自分が今ここに与えられてあるということは、科学的な解明でいくら説明しても納得できませんし、私たちはそういう答えを求めているのではありません。自分が今ここにいる。何のために生きなければならないのかということは、科学では答えてくれません。その問いは、やはり大きな眼のなかに許されて与えられてあるのだということに気づくなかで、意味を問うというよりも、意味が与えられてくるのです。

生きる意味とは、生きて何かをする意味ではありません。生きる意味があるということが感じられると、そこから何かをすることができる。そういう関係ではないかなと私は思います。

人間は本当にびっくりすると、 宗教的な意識の転換が起こる

田ロ ベトナム戦争のときに枯葉剤がたくさんまかれ、ベトナムの土地が汚染されました。枯葉剤をテーマに、日本人ジャーナリストの女性(坂田雅子監督)が『花はどこへ行った」という映画にしているのですが、今のお話に近いと思いました。

ベトナムに頭が二つある子どもがいるという噂を聞き、彼女がその子どもの家を訪ねて行きます。行くと、たしかに大きなカボチャのような頭の上に、さらに小さなカボチャのような頭があるのです。顔も変形し、私はその姿を見たときに本当に怖い印象を受けました。その子どもの母親にインタビューする映像があるのですが、「子どもが生まれた時はどうでしたか」と聞くと、母親は、「この子の姿を見た時に、びっくりして卒倒して、二日間寝込んだのです。意識が戻らなかったんです」と。「二日間寝込んで、目が覚めた時に、やはり私はこの子を授かったのだから、すべてを受け入れて、普通の子として育てていこうと思いました」と話すのです。しかし、私には疑問が残りました。母親は卒倒するほどびっくりしたのに、急に自分の意識を変えられるものかと。この映画は精神科医の友人と一緒に見ていましたが、私がその疑問を友人に話すと、「田口さん、人間はびっくりすると、そういう意識の転換が起こるんだよ。びっくりすることはすごく大事でね、実は近代人はびっくりしないように、近代的自我で防衛しているんだよ。けれども、ベトナムの人たちはとても素直で、ピュアで、ひっくり返るほどびっくりした。そういう刺激が、人間にある宗教的な転換を起こすんだよ」と言われたのです。私は、その話を聞いた時に、家族の風景や子どもたちの、その子をいとおしく育てている様子が伝わってきて、そこに何か、宗教的、信仰的なものを感じました。

信仰や宗教の門のなかに 入らなくても、 それに限りなく近い人がいる

 私は熊本県生まれです。熊本には菊池恵楓園というらい病(ハンセン病)の療養所があり、子どもの時にはとにかく怖かった。やはり「らい」とは、醜悪なものとして描かれてきましたし、私自身も大人の偏見をそのまま墨のように塗られていました、ですが、実際に園に入ってみると、どうってことはないのですね。やはりある時代のなかで、さまざまな偏見や予断というものができあがって、早くから染み込んでいた。いわゆる「因縁」というものですね。因縁とは、言葉を換えると、自分では選べないものです。それは自由意志によってはどうしようもなく、与えられたものです。そしてこの因縁の連鎖を自分で甘受するのです。

キリスト教では『ヨブ記』のなかで、あれほどまでに神に信仰を誓ったヨブに対して、これでもかとたくさんの不幸が起きます。若い人たちは「なぜいい人が不幸になって、悪い人たちは幸福でいられるのか」とよく私に聞きます。これは、非常にわかりやすいし、若い時には、やはり我々はそう考えがちです。これは、キリスト教的な聖者の考え方なのでしょうけれども、やはり親鸞聖人の教えは、そういうことを超えているのですね。

恵楓園で金子さんという方とお会いした時に、彼が「最近少し病気がちだが、でも自分は生きる。生きるということが自分の証だ」とおっしゃいました。恵楓園で50年を過ごした金子さんが、生きるというところに、初めて自分の証を得ようとした、と言っていたことに、私は非常に感銘を受けました。「信仰」とか「宗教」、「洗礼」という言葉ではなくても、限りなくそれに近い人がいるのではないかと思います。必ずしも信仰や宗教の門のなかに入らなくても、それに限りなく近い人、もしくは門の前でたたずんでいる人がいるわけです。信仰を持つ人たちの外縁部に、そういう人たちがいれば、それでいいのではないかと感じました。

本多 私も運よく京都で、「生きた仏者」としての曽我量深先生や安田理深先生にお育ていただきました。その教えを「わからない」と聞いているうちに、その聞いた言葉が私を育て、わかる力を与えてくれました。今の時代は不幸なことに、それがほとんどなくて、マスコミか、さもなければ文字でしか言葉に触れられません。生きた言葉に触れて、自分でそれを確認しながら、本当かどうかということを、時間をかけて尋ねるということが実は大事であって、促成栽培や水栽培のように与えられた栄養で、同じように育つという考えでは本当の人間のいのちが燃えるような情熱は伝わらないと思います。今、ここで生きている人から聞くということの大切さがあると思います。

今、ここで生きている人から 聞くということの大切さ

田口 『おくりびと』という映画が話題になっていますが、映画の原案になった『納棺夫日記』(桂書房・青木新門著) のなかに、「人は自分と同じ体験をし、自分より少し前へ進んだ人が最も頼りとなる。(中略)その人が前にいる感じだけで前へ進める。仏は前に進み過ぎている。親鸞には、少し前を行くよき人(法然)がいた」という、私がとても好きな一節があります。今、本多さんがおっしゃったとおりだと思います。私も親鸞聖人の教えについて、いろいろ教えさせていただく機会はあるのですが、信じるということに対してのアレルギーもありなかなかあとを付いていく人が見つかってはいません。最近、取材で島根県の石見銀山に行き、「石見の才市」( 浅原才市) という妙好人がおられたことを知りました。その銀山で、蝸私は才市のあとを付いていこうと思う」と言った方がいるんです。自分の規範となる誰かを持っているというのは、こんなに礼節のある素晴らしい人になれるのだと思い、私も早くそういう人を探したいなと思いました。

菅原 今日は皆さんに、「悩む力」というテーマのもと、人間は本当に自由なのか、あるいは自分だけで生きていけるのか、ということから討論いただきました。

姜尚中さんの『悩む力」がベストセラーになり、田口ランディさんの小説に登場する悩める若者が共感を呼んでいます。重苦しいテーマなのに、何が人を惹きつけているのでしょう。きっと、悩みがマイナスの面だけではないからです。自分を深める入り口、たとえば仏法を学ぶ大切な機縁にもなり得ます。親鸞聖人ご自身も大いに悩み、苦しまれた方でした。人生を逃げることなく、じっくり悩み、そして学んでいきたく思います。 (了)

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