サンガコラム
デジタル社会と憲法
デジタル技術による情報通信の諸課題について、憲法学者が新聞や本などで発言するのをしばしば目にする。「情報学」と「憲法学」。かねてから、この組み合わせに意外な感じを持っていた。憲法論議といえば9条しか浮かばないせいだろう。この無知をほぐしてくれたのが、たまたま手にした新聞の憲法学者のインタビュー記事だった。
「憲法21条の『表現の自由』に含まれる『知る権利』は、巨大IT企業やデジタル・プラットフォーマー(サービス基盤の提供者)に脅かされるリスクに常にさらされています」(憲法学者)。
収集された膨大な個人データに基づく「おすすめ」の波がスマートフォンに押し寄せてくるのは、多くの人が経験するところだろう。加えてネット上では閲覧数に応じて広告収入が左右されるので、内容の真偽よりも、刺激的な情報が優先されやすい。このように耳目を集めるのを目的にした経済活動を「アテンション・エコノミー」というそうだ。
かつてニュースサイトを見ていて、「トイレに行くと出た署員が帰ってこない」の見出しにつられてクリックしたら、読んだばかりの新聞の「消防署員訓練中滑落死か」というベタ記事と内容は同じだった。「そうだった、配信側からすれば、俺は閲覧数稼ぎの商品なんだ。なので見るのも無料ということか」と思った。
「情報の受け手の『目と耳と頭』をいかに守り、言論・情報空間をどう健全化するのか」(同)。一人ひとりが主体的に情報を集めることができる意味での「知る権利」を実現するのが肝要だと、この先生は説いていた。 アテンション・エコノミーというが、つまりは「煽り」ということか。振り返れば、幼少のころから「がんばれ」「もう一歩」と煽られて生きてきた気がする。憲法はさしずめ「静かに」「落ち着け」と「寂静」を求めているのかもしれない。
井上 憲司(元社会部記者)
学校で「疾風怒濤」という言葉を教わった。妙に「そうか」とうなずいた。友だち同士で習いたてのこの言葉を振り回し、いい気になっていた。十代の終わりごろで、意気軒昂だった。
半世紀以上たって、いきなり疾風怒濤の中に投げ込まれた。一昨年以来、未知の病気がまん延し、世界中が嵐の中を航海している様相になっている。いつ横波に襲われて、生活という船が転覆するか知れない。
若いころの無鉄砲さも影を潜め、世渡りの術も少しはおぼえ、「こんなものか」と自分と折り合いをつけたと思っていた矢先、そのような世間知がまったく間に合わない事態に直面した。毎日毎日が「きょうはどうするか」の連続だった。
理不尽だが、現実だから、みなで知恵を出し合って、世界的規模のこの困難を乗り越えていかなければならない。
昔読んだ柴田翔の『されど われらが日々―』の終章の言葉を思い出す。
時代が違うから違う困難ではあったけれども︑困難があるという点では同じだった。(略)だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだ。
自分でなくてもいい。自分たちの中から明日への希望をもって、あゆみ出す人のいること、その姿がみなの希望になる。
本願寺第8代の蓮如(1415 〜1499)は、宗祖親鸞の命日を「明日」と書いている。戦国乱世のただ中で、死という人生の総括の日を明日への出発と受け止めた感性はすばらしい。