2020年02月18日
Category 終活
老いるについて―野の花診療所の窓から Vol.52
15年前、90歳の女性の喘息発作で娘さんから往診の依頼があった。西日の射す、木造の古い2階建てのアパート。2階から黒と白の大柄の猫が下りてきた。「これっ!オルカ!」と老女。猫は布団の隅に行儀よく座っていた。数年後、日当たりのいい奇麗なマンションの7階に引っ越された。老女は王女に娘さんは王妃に、オルカはオルカ妃に変った。
王女に認知症が現われ、進行した。血圧を測ろうとすると手を払い、胸の音を聞こうとするとツバをかけ、看護師の手に爪を立てた。「ゼロゼロ言います!」と娘さんから電話。駆けつけると、のどの奥に錠剤のシートがひっかかっていた。老衰が進んだ。老女は亡くなった。オルカが布団の隅で、行儀よく座って、動かぬ王女の死を見ていた。
先日、風邪で来た娘さんが言う。「母の他界から10年です。母があの調子でオルカを掴まえ、押さえつけて、オルカはじっと耐え、その光景を思い浮かべると、涙が今も出ます」。
オルカはアパートの裏にいた傷ついたノラ猫。黒と白のツートンカラーでシャチに似てて、シャチの英語名(orca)から付けたのだそうだ。
猫を友にする老女は多い。
94歳の光子ばあさんもその一人。昔、スナックのママさんをしていた。いい人がいないわけでもなかった。でも今一人暮らし。ベッドに座わるのがやっと。猫がいた。こちらも黒と白のツートンカラー。「兵子や、兵子ー」と呼んでいた。「わしゃ一人じゃない、娘の兵子がいるから」が口グセ。認知症はあるような、ないような。「兵子のクソまみれ、クソまみれの兵子やー」も口グセ。ヘ…