2019年06月07日
Category サンガコラム
えらび・きらい・見捨てる我々の心
えらばず・きらわず・見捨てずの如来の心
(竹中 智秀)
”ビオディナミ農法“。オーストリアの哲学者ルドルフ・シュタイナーが提唱した理論に基づいて生まれたとされる土壌や植物は勿論、天体の動きまでも反映した独特な農法だ。
ワインエキスパート資格を持つ友人から、この農法でワイナリーを南米で営んでいるイタリア人のおじさんを訪問した話を聴いた。
ワイナリーまでの道は雑草だらけのあぜ道で、畑もまた同様に葡萄の木だけではなく、取り取りの草花が繁茂しており、それらを山羊やアルマジロが食んでいる。
フンはそのまま土に還り肥料になる。
無農薬なので葡萄にも当然、虫がつく。おじさんは食事中の虫の邪魔をしないように一房ではなく、そっと一粒ずつ葡萄を摘んでいく。摘み終わった葡萄を潰す際
も殆ど手作業。樽も大切に保管され、葡萄そのものの香りを引き出すなら古い樽、木の香りを楽しむなら新しい樽を使う。
「〇〇年の出来は良かった、悪かった」など、世間では年代物ワインの”出来“の話題が流布している。
しかし、おじさんは「一生懸命生きている葡萄やワインに出来が良いも悪いもないよ。善し悪しを付けるなんて人間の都合であり傲慢じゃないかな。生まれたワ
インはみんな可愛い」という姿勢で生活をしているそうだ。
「素敵な話だなあ」と思ったと同時にドキッとした。
ワインのみならず人や思想や意見に対しても、いつも自分基準だ。そんな私は視野がとても狭い。どんなものにも色々な角度があるのに。自分の正義を振りかざし、人を裁いて切り捨てることもある。まさに傲慢そのもの。痛い所を思い切り衝かれた。
友人は「おじさんの言葉の中にある”ワイン“を、”人“に置き換えると争いごととかなくなりそう。私も、おじさんの姿勢に惹かれてワイナリーに足が向いたの。一粒の葡萄が実るまでに永くて様々ないのちのバトンがあること、忘れないようにしたいね」と微笑んだ。
「ああ、本当にそうだ」と共鳴した瞬間、友人を通したおじさん、動植物たちの息吹、瞬く星々、広大な宇宙、点が線となり遥か彼方へとのびて行く。逆にそれが一気に押し寄せて来て、衝撃波のように私の身体のど真ん中に命中した。
「私は独りじゃない! なんて頼もしいのだろう」。身体中を駆け巡る血液が喜びで沸騰しそうだ。
大切なものを抱きしめるように両手を胸に当てながら「おじさんのワインはずっしりしていて、ずっとここに残るの」と友人は言った。気付くと私も熱くなった胸に両手を当てていた。
小林要子(こばやし・かなこ)
台東区/真宗大谷派・願龍寺