2020年12月18日
Category サンガコラム
父の悲嘆の傍らには、静謐な空気が満ちていた。
2011年3月11日。東日本大震災による大津波で母が命を落とした。その突然の別れに誰よりも苦しんだのが、伴侶である父だった。震災前は、背筋を伸ばし、ユーモア溢れる人間だった父が、母の死後、来る日も来る日も肩を落とし、ときに涙をこぼして悲嘆に沈んだ。
そんな父にレンズを向けたのは、ある瞬間、その悲しみがとても美しいものであると気づいたからだ。胸が潰れるほどの悲しみの深さは、父の母に対する愛情の裏返しでもあったのだ。それから数年、心身ともに疲弊した父は、ある朝目を覚まさず、深い眠りについたまま彼岸へ渡った。その顔は、安心して眠りに着いているような、穏やかな表情を浮かべていた。「ああ、父は、母の元へと旅立ったのだな」と、僕の胸の内には悲しみよりも、安堵の気持ちが広がった。
宮沢賢治を尊敬する父だった。きっと今頃は、カムパネルラの旅した銀河を、夫婦ふたりで眺めているに違いない。
佐藤 慧( フォトジャーナリスト/ライター)
1982年岩手県生まれ。NPO法人Dialogue for P e ople(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト、ライター。
同団体の代表。世界を変えるのはシステムではなく人間の精神的な成長であると信じ、紛争、貧困の問題、人間の思想とその可能性を追う。言葉と写真を駆使し、国籍-人種-宗教を超えて、人と人との心の繋がりを探求する。アフリカや中東、東ティモールなどを取材。東日本大震災以降、継続的に被災地の取材も行っている。著書に『しあわせの牛乳』(ポプラ社)、同書で第二回児童文芸ノンフィクショ…