2023年05月01日
Category サンガコラム
年明けの1月、大阪の淀川河口付近にクジラが現れたというニュースが世間を騒がせていた。「ヨドちゃん」という愛称がつけられ、その行方が見守られていたが、残念ながら数日後には、死亡が確認されてしまった。すると、今度はどうやって死体を処理するかという話になった。仕方がないことだ。川でクジラが死ぬと環境に大きな影響を与えてしまう。大量の油が水を汚染するし、腹にガスが溜まって爆発する危険性もある。市の職員の方からすると本当に大変なことだろうと思う。
海洋生物学に「クジラの落下」という言葉があるそうだ。広い海で死んだクジラは、ゆっくりと落ちるように海底へと沈んでいく。その体は余すところなく栄養成分だ。上層から下層へと沈んでいく過程で、クジラの体は様々な海の生物たちに食べられ続け、海の糧となっていく。そうして海底に辿り着いた肉と骨は、魚たちの棲み処となる。資源豊富なクジラの死骸を中心に、深海では新たな生態系が生まれていくのだという。
なんとすごいことだろう。一個体の死が、そのまま無数の生へと繋がっていく。私たちは死体をどう処理するかで頭がいっぱいだが、広い海では毎日のように、このダイナミックな生命の循環が行われているのだ。その恵みの中に生かされていることに、私たちはなかなか気づくことができない。親鸞は、広く深い仏の他力を海に、浅く狭い人間の自力心を川に喩えているが、まことに合点のいく思いがした。
花園 一実
1982年生まれ。圓照寺副住職。二児の父親。
『帰り道で話そうよ-マンガで味わうブッダの教え』(東本願寺出版)の原案を担当。