社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(1) | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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親鸞フォーラム

社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(1)

社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(1)

2017年3 月19日、丸ビルホール&コンファレンススクエア(東京都千代田区)を会場に「親鸞フォーラム―親鸞仏教が開く世界」が開催されました。本抄録は「社会× 共育× 仏教-育つ力、育む力―」をテーマに行われたシンポジウムの内容です。

パネリスト 齋藤 孝 氏 小島 慶子 氏 一楽 真 氏 コーディネータ 本明 義樹 氏

本明 現代ではインターネットの普及により、居ながらにして世界中の人とつながることができるようになりました。しかし一方で、格差社会や無縁社会と表現されるように、孤独感や疎外感の中で、多くの方が苦しんでおられる事実があります。また最近、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の炎上やネット上での過剰なバッシングなどが、たびたび取り沙汰されているように、人が人を許し合うことができなくなる、不寛容社会とも言われています。

 よかれと思ってつくり上げてきた社会の中で、いつしか私たち自身が生きづらさを抱えてしまっている。かつてない便利さや快適さの代償に、何か大切なものを見失っているのではないか。「人と生まれて人間となる」という言葉があるように、「人間」とは関係性の中で生きるものとして確立されていくのでしょう。そこでは育まれ、育つ場が開かれていることが何よりも大事であることを思います。

 そこで今回は「社会× 共育× 仏教―育つ力、育む力―」と題して、そうした社会の状況、私たち人間の在りようをもう一度問い直し、本当の意味で私たちが共に育ち、育まれていくという場が、どのようなかたちで開かれるのかということを考えてまいりたいと思います。

 

私とあなたで事情は違っても、 一緒に生きていける

小島 私の両親は昭和8年と12年の生まれで団塊世代ではないのですけれども、私は団塊ジュニアと言われる世代の一番年上のグループに当たります。非常に人口が多くて、小学校などは生徒が入りきらないから校庭にプレハブ校舎を造っていたような時代です。両親たちは、日本が経済成長を続けていた時代に実体験として、努力すれば報われる、今日より明日が豊かになるというのを体験した世代です。私には9歳上の姉がいるのですが、両親は私たち姉妹に対して、一生懸命勉強して、いい学校に入って、いい会社に入って、出世しそうな旦那さんをつかまえれば幸せになれますよと説いていました。

それぞれに居場所があることを共感しあえる社会は作れるのか。

 それは、両親にとって実際に体験した偽りない幸福論だったのだと思います。同じようなメッセージを受け取って育った私の世代の人は少なくないと思います。しかし、私の大学時代にバブルがはじけたのですが、ちょうどその頃、大学を卒業した人の就職率も70%を切っていたりと、聞いていた話とは違う未来がやってきているのを実感してしまいました。いい学校を出ても幸せになれない。親から聞いていた話と違うぞというのを実感した世代でもあるのです。こうすれば幸せになれるよと言われたものが、その通りにいかないのだとしたら、どうしたら幸せになれるのだろう。私たちの世代は、そういう将来へのモデルのないところから社会人としての暮らしをスタートしました。

 働き方でいうと、ちょうど「男女雇用機会均等法」から10年ほどたっていて、私は運よく男性と同じ待遇で、企業で働くことができました。ただ、男性が24時間365日、組織のために、残業もいとわず働くのが美徳とされていて、そういう労働美学に共感できる人でないと、ダメな人間だと思われてしまうのです。そういう価値観の根強い組織は、日本中どこでもありますけれども、その中で少数派の女性として働くというのは、なかなかしんどいものはありました。

 今となっては、そんな価値観に決して全ての男性が適応していたわけではないし、もっと人間らしい暮らしがあるはずだという思いを抱えている男性はたくさんいたのだと分かるのですが、当時は男性はみんな適応して伸び伸び働いていると思っていました。女性は何か言うと、生意気だ、黙っていろ、女のくせにと言われ、待遇が同じでも空気では同じではないのです。世の中が変わるためには、制度が整うだけではなく、本当に人の気持ちが変わらないといけないんだなということを痛感しながら働いておりました。
 
 40歳を過ぎたぐらいから、男性だってしんどいのだということに気付きました。それを教えてくれたのは夫です。夫は、私と一緒に、ずっと共働きで共育て。本当にどちらが欠けても家の中が回らないというぐらい一緒に、二人の男の子を育ててきました。そんな彼が2013年に会社を辞めると言いだしました。その時は私も「いいんじゃない」と言ってあげられたのですが、だんだん自分の中にあった男性に対する偏見が頭をもたげてきました。働いていない男の人なんて、どうやって尊敬していいか分からないと。私一人が働くなんて、あなたが男のくせに仕事を辞めるからと、ひどいことを夫に言ってしまったりして。

 その時に、私の中にも、あるべき男性像からはみ出した人に対する偏見というものがあったということを発見し、大変ショックを受けました。それから、もう丸3年以上たち、今は私が生まれてから3歳まで住んでいたオーストラリアの西の端っこにあるパースという町に、一家で引っ越しました。夫は子育てと自分の英語の勉強をし、私が出稼ぎで経済的に一家を支えるという暮らしをして3年になります。

 高校時代には、毎日、満員電車にぎゅうぎゅう詰めになっているおじさんたちを見て、何をお互いにそんなにいらいらしているのだろうと不思議に思っていました。でも今はその気持ちが、怒りよりも恨みに近いようなものだったのだと分かります。自分が一人で家族を支えるというプレッシャーを経験したときに、ようやく私の父や、その満員電車の中の人たちに対して持てなかった想像力が少しずつ持てるようになってきました。これは男性対女性ではなくて、「人間らしく働きたい、生きていきたい」と思う人たちと、「男らしく女らしく、今まで通りの価値観に適応できない人間は負け組だ」と考える人たちとの間にある、大きな隔たりなのだなと思っております。

 ですから、「男女共同参画」という言葉ができてからもうずいぶん経ちますが、もはや女の人は男の人のように自由にということが必要だった時代は終わり、今は男性も女性も、労働者も非労働者も、もし今の世の中の価値観に馴染めないのであれば、そうでないかたちを一緒に探せるような社会を考えていきたい。私とあなたで事情は違うかもしれないけれど、一緒に生きていける、どちらにも居場所のある社会を、どうしたら作れるのかと考えることが、必要なのではないかと思います。それは働き方改革でもそうですし、いわゆるジェンダーの問題でもそうですし、家族の問題でもそうですよね。

 

 私の場合、母からの期待が非常に大きかったのでいわゆる過干渉で苦しみましたが、姉も姉で、家族の中に居場所がないことが、やっぱり姉なりに辛かったのでしょう。父もやはり一人の男として働かなくてはならないプレッシャーで、みんな余裕がなかった中で、私もなかなか家族で安らぎを持つことができない時期が長く、15歳から30歳まで摂食障害という病気に苦しみました。食べて吐、過食嘔吐というのですけれども、自傷行為のようなものです。自分を痛めつけて。ダメな自分を受け入れることができないので、自分のことを考えないで済む時間が欲しい。お酒が飲めたらアルコール依存症になったかもしれません。ギャンブルをやる機会があったらギャンブル依存症になったのかもしれない。ただ、私はお酒でもギャンブルでもなくて、目の前にあった食べ物に依存していました。食べ物を食べている間だけは大嫌いな自分と向き合わずに済む。食べて太ってしまったら、より自分が嫌いになってしまうので、食べたら吐く。そんなことをした自分が、より嫌いになり、また食べるという悪循環。10代で始まり、アナウンサーをやりながらも過食嘔吐は続いて、15年間苦しんでおりました。これは恥ずかしい、人に言えないことだと思っていたのです。みっともない癖だと思っていたので。

 でも、あるとき、それは病気だということを知りました。同じように苦しんでいる方がいらっしゃる。摂食障害は人によって拒食症だったり、過食症だったり、いろんな現れ方があるのです。そうか、これは病気なんだと思ったあたりで気が楽になって、体験を話せるようになりました。30歳と33歳で出産して、息子たちには本当にいろんなことを教えてもらって感謝しています。ただ、30歳で子育てが忙しくて過食嘔吐する暇がなくなり、治ったなと思っていたのですが、根っこのところにあった自分との折り合いの付かなさみたいなものが、33歳のときに今度は不安障害という精神疾患として現れました。動悸が激しくなり、自分が今にも死んでしまうのではないかというパニック発作が何回も起きるのです。頭では何にも不安に思う要素がないにもかかわらず、もう本当に不安と憂鬱な悲しみと、よりどころのなさと、孤独にさいなまれる気持ちに24時間押しつぶされそうになる。そういう病気でした。それ、心療内科に行き、臨床心理士の先生にカウンセリングを受け、精神科の先生にお薬を処方していただく中で、時間をかけてよくなっていきました。

抱き合うことができなくても、同じ空の下で、それぞれに居場所がある

 先ほどSNSの話がありましたね。SNSに罵詈雑言とか、人を排斥する言葉があふれているけれど、その人たちをレベルの低い人だと切り捨ててしまうことは、私はできないなと思うのです。かつて大嫌いな自分と折り合いがつかずにじたばた苦しんでいたときに、のびのびと言いたいことを言い、やりたいことやっているように見える人を見て、行き場のない気持ちになって、罵詈雑言を吐きたくなったこともあったかもしれない。この人たちと自分の間には、そんなに大きな違いがないと、今でも思っています。

 今日のテーマである「共に育つ」ということで言うと、自分が子育てを通じて感じていることでもありますけれど、育てるというのは、たぶん「ようこそ」ということだと思うんですね。「ようこそ、どちらさまですか」と、「ようこそ、ここはいいところだから安心してくださいね。それから、あなたが誰なのか教えてほしい。知りたいから」と。私は息子たちのことも、まだ14年と11年しか知りませんから、あなたのことを知りたいと尋ね続けることが、おそらく育てるということなのではないかと思います。

 これは家族の間だけでもなくて、世の中でもそうですよね。あなたと私、抱き合って親友にはなれない。そんな人は、いくらでもいます。ならなくてもいいと思います。だけど、友達にはなれない私とあなたであっても、人は生きていると幸せになりたいと思わずにはいられない。それがうまくいかない時には、恨んだり、傷つけたり、誰かのせいにしたりすることだってある。そういう居場所のなさを感じるという瞬間は誰にでもあるよねという一点で、共感することができるのではないかと思います。

 だとすれば、抱き合うことができなくても、同じ空の下で、それぞれに居場所があって、この世界に歓迎されているなあと感じられるような世の中を作っていくことはできるのではないか。そういうことを考えながら、子育てをしたり、ワーク・ライフ・バランスについて思うことを書いてみたり、いろんな方にお話を聞いたりしております。

 

 

続く>社会×共育×仏教―育つ力、育む力―(2)

小島 慶子氏(こじま・けいこ)

タレント、エッセイスト

1972 年生まれ。学習院大学法学部を卒業後、1995 年にアナウンサーとしてTBS に入社。テレビ、ラジオに出演し、99 年ギャラクシー賞ラジオ部門DJ パーソナリティ賞受賞。2010 年に退社後は、タレント、エッセイストとして活動している。主な著書に『気の持ちようの幸福論』『女たちの和平交渉』『失敗礼賛』『解縛』『大黒柱マザー』『不自由な男たち』(田中俊之氏との共著)、新著に『これからの家族の話をしよう~わたしの場合』など多数。『わたしの神様』など小説も手掛ける。

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