親鸞フォーラム第7回 | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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親鸞フォーラム

親鸞フォーラム第7回

親鸞フォーラム第7回

今、<ここ>で生きる
―あなたの居場所はどこですか―

2012年9月9日(日)

パネリスト
てt

コーディネーター
一楽 真 氏(大谷大学教授)

今、<ここ>―でいきる
―あなたの居場所はどこですか―

秋葉原で無差別殺傷事件を起こした被告はこう語る。

「家族や友人、仕事もなくなり、今、思い止まったとしても、もう自分の居場所はどこにもない」
 あふれる言葉や情報の中で、私たちは本当の意味での自分自身と世界を回復する言葉をたずねていかなければならない。

 

一楽  現代は、若い人たちを中心に、自分の生まれてきた意味や自分の居場所を、どこかで確かめたいと思いながらも、それを見出せず厳しい現状の中に投げ出されています。またその中で、生きる気力を失ったり、あるいは社会から逸脱してしまうということが起こったりしています。この日本の現状をどう見ておられるのかということをお聞きし、さらには、私たち一人一人がその現状とどう向き合っていくのかということを確かめる、そういう時間にできたらと思っております。
秋葉原事件を起こした加藤智大被告は「家族や友人、仕事もなくなり、今思いとどまったとしても、もう自分の居場所はどこにもない」と語っております。彼には居場所やつながりがなかったのでしょうか。

中島  居場所という問題ですが、まず近年、社会が流動化し、かつて日本が持っていた地域社会が壊れている状況の中で秋葉原事件が起きたことを考えなければいけません。秋葉原事件は、2008年6月に起き、たくさんの方が殺傷されました。
当時20代半ばの加藤智大はなぜあの事件を起こしたのか。彼は、公判で事件を起こした理由について詳しく話しました。また、事件の手記を出版しています。その中で彼は、インターネットの掲示板というものにはまり込んでいたことを語っています。ネットの掲示板に書き込みをして、いろいろな人からレスポンス(返事)をもらうというコミュニケーションです。本名は明かさず、通常はハンドルネームという仮の名前でやりとりをします。仮の名前ですから、本人という確証もないような形態のコミュニケーションです。
彼は、現実は建前でネットが本音だと、何度も何度も公判の中で語りました。ネットの中に本当のこころとこころのつながりがあると考えて、インターネット上の人間関係に終始していたのです。
しかし、事件の十日ほど前に、彼が本当の人間関係だと思っていたそのインターネットの掲示板サイトに、「なりすまし」という本人に代わって書き込みをする偽物が現れたのです。他者から見て、どれが自分で、どれが偽物の書き込みなのか区別がつかなくなっていく。加藤はこのことに猛烈に怒りました。
自分がなくなってしまう。偽の書き込みは一向に止まらず、数日後には、その掲示板に書き込みをする人がまったくいなくなってしまったのです。

加藤は、そこで本当の人間関係を全て失ったと思い込み、そのなりすましによる偽の書き込みが本当に嫌だったことをアピールするために、あの事件を起こしたと語っています。私たちは、加藤が語っていることと、事件のあまりにも大きな落差に戸惑ってしまうわけです。何でそんなことで人を傷つけ殺すのかと。

 しかし、私たちは、秋葉原事件のようなことを二度と起こさないために、加藤が陥っていた環境、なぜその結果に至ったのかということを考えなければいけません。そのことが、私たちの社会側の使命なのだと思います。

 加藤は派遣労働で各地を転々としているから、相談できる友達がいなかった。友達がいなくて孤独だからネットにはまった。ネットの人間関係がなくなったから事件を起こしたと、友達がいなかったことが事件の原因だと言われました。
私は彼のことを詳しく調べてみて驚きました。彼は生まれも育ちも青森県ですが、リアルな友達がたくさんいたのです。ゲーム仲間やアニメ好きな友達もいました。青森を離れた後も、友達に連絡をしたり、友達の家に何カ月も転がり込んだりしていました。
 また、彼にはコミュニケーションを取れないというイメージがありますが、そんなことはありませんでした。彼が最後に勤めていた静岡県裾野市にある自動車会社があります。彼はここで、半年くらい派遣で仕事をしてから事件を起こすのですが、その職場にも趣味を共有する友達がいました。職場でも多彩なコミュニケーションを取っていたのです。
ポイントはここです。友達がいるにもかかわらず、孤独を感じていた。このことは、現代の若者や社会を考えるときの重要な問題であると思うのです。

「誰かに話をしたかった。誰かに告げたかった」

中島  事件を起こす二日前に、彼は事件で使った殺傷能力の強いダガーナイフをなぜか福井県まで買いに行きます。彼の当時の住まいは静岡県裾野市ですから、片道4時間以上かかりますし、新幹線を使っているのでお金もかかります。
彼はお金に余裕がありません。事件の前日、お金をつくるために秋葉原に行って、自分のゲームソフトを売り払っていますし、そのお金で、事件で使用したレンタカーを借りています。また、彼が買ったナイフは、静岡県でも東京で簡単に見つかるものなのです。
彼は、福井の店を雑誌で知って、ネットで検索をして行ったようです。私も事件直後にネットで検索をしてみました。すると、この店には、親切な女性店員がいるという情報がありました。彼のその後の行動から、この情報を見て行ったことに間違いないと思いました。

加藤は、ナイフを選びレジに持っていきました。レジの向こうには、その女性店員さんがいました。最初、彼は何も話しませんでしたが、話が止まらなくなるのです。
店員…「会員カードをお持ちですか」加藤…「持っていません」
店員…「じゃあ、おつくりしましょうか」
加藤…「いや、いいです。僕は実はこの近所に住んでいるのではなく、今日初めて来たんですよ」
店員…「あ、そうですか。どちらから来られたんですか」
加藤…「僕、今日静岡から来たんですよ」店員「ええ、静岡から来られたんですか、遠いですよね」と続きます。
加藤…「でもね、僕、静岡はただ仕事をしていて、職場があるから静岡にいるだけで、実は生まれは青森なんですよ」と。その時の監視カメラには、彼が店員に免許証を見せている映像が映っています。

そして、店員…「本当ですね。青森ですね。青森は雪が大変ですよね」加藤…「そうなんですよ。雪かきが大変で」と。彼は雪かきをするしぐさをしました。テレビで流れた映像です。あるテレビ番組のコメンテーターがこの映像を見て「加藤はもう刺す練習をしている」と言っていましたが、ただ雪かきのしぐさをしていただけなのです。
その後、彼は目的のナイフを買って店を出ました。そして、その店のあるショッピングモールで昼食を取り、またこのお店に戻ります。今度は、3千円ぐらいの革の手袋を買い、またその店員さんと話をしました。けれども、ここで買った滑り止めの付いた革の手袋を彼は事件で使っていません。なぜならサイズが合っていないのです。ただ手袋を買うことを口実に、女性店員と話したかっただけと思われます。

手袋を買った後、いったん店を出るのですが、また戻ってきて、女性店員さんに「タクシーはどこでつかまえればいいですか」と尋ねます。おかしい質問です。なぜなら、このショッピングモールは、タクシーを乗り降りするところが同じところにあるからです。
記録によると、加藤は駅からタクシーでこのショッピングモールに行きました。ですから、彼はタクシーを降りたときに乗り場を確認しているはずです。それなのに彼は「タクシーはどこで乗ればいいですか」と、わざわざ会話を交わして帰路についています。

秋葉原事件の大きな特徴は、携帯電話の掲示板サイトに加藤が直前まで自分のことを書き込んでいたことが、全部明らかになっているということです。彼は、福井を出て1分後の特急列車から携帯で書き込みを再開しました。私は、この書き込みを見て、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)という本を書かなければいといけないと思いました。
彼は、こう書きました。「人間と話すのっていいね」。彼は人間と話したかったのです。けれども、自分のなりすましがいることや、そのことに怒っていることをリアルな職場の友人などに話すと、引かれるかもしれない、嫌われるかもしれない、そうしたら職場にいづらくなってしまうと思って、彼は友達にその話ができなかった。
利害関係の伴っていない誰かに話をしたかった。誰かに告げたかった。そう思ったときの彼のリアリティーは、福井の店にダガーナイフを買いに行って、そこの店員と話すことしかなかったわけです。

私は、加藤が住んでいた裾野市を歩いてみました。裾野駅前はシャッター街です。何軒か飲み屋や喫茶店がありましたが、常連客の多い店ばかりで入りにくいと思いました。彼の家からこの駅までの徒歩で30分なのですが、頻繁に寄っている店が二つだけあります。それは、コンビニと大手の牛丼店です。彼は牛丼店の店内では食べず、いつも持ち帰ります。犯行後、彼の部屋の捜査では、その店の器が散乱していたそうです。彼には止まり木になるような場所がありませんでした。
私は、秋葉原事件は止められた事件だと思っています。彼に、「なりすましが変な書き込みをしても気にしないように」と言う人がいたら済んだ話だったと思います。先ほど、彼は友達がいるのに孤独だと感じていたという話をしました。この日本社会に何かが欠けているように思います。
震災の後、「絆」とよく言われます。「絆」という言葉を辞書で調べると、家畜をつなげておくための縄という意味が出てきます。日本は同調圧力が非常に強い国です。つまりその社会の中に確かに包摂されていても、その包摂の中の同じ論理に従わなければ排除しますという村八分の論理が働く。それが日本の地域社会でした。
戦後、多くの人たちは、このような地域社会から逃れたいと思ってきましたが、実際に崩壊してしまうと、私たちは孤独を感じるようになってしまった。私たちはどのような共同性や絆、居場所をつくればいいのでしょうか。

 

私は、ナナメの関係を重視した居場所が重要だと思っています。日本社会は、ほとんどタテとヨコの関係ばかりをつくってきました。会社では上司と部下、あるいは同僚。学校も先生と生徒、あるいは同級生、先輩と後輩。全てタテとヨコの関係です。
タテとヨコの関係というのは、利害関係の伴った他者との関係です。利害関係の伴った他者との関係では、なかなか本音で問題を打ち明けることができません。
ですから、タテとヨコではないナナメの関係。たまに会う人とか、それほど利害関係が伴わない人との関係が重要なのです。そのことを社会学では、weakties(弱いつながり)と言います。弱い関係の方が、相談しやすいこともあるのです。
私たちが、居場所ということを加藤の問題から考えるときには、ネット以外にもナナメの関係性、そのような共同性を社会の中に積極的につくっていく必要があるのではないかと思うわけです。

一楽  教育という観点から、居場所について尾木さんにお聞きします。

危機の大学

尾木  中島さんのお話にもありましたが、ネットというバーチャルな世界が、セカンドライフではなくて、ファーストライフになっている子どもや若者たちの問題を見ると、本当の人間関係のつくり方が分からないということがあると思うのです。

 「便所飯」という言葉をご存知でしょうか。トイレの個室でご飯を食べることです。そういう学生が3、4年前ぐらいから出てきて、私はとても驚きました。それで大学などでアンケート調査を行い、学生本人にも会って、こころのあり様を聴きました。
すると学生は、友達がいないからトイレでご飯を食べるのではなく、友達がいないと思われるのが嫌でトイレへ逃げ込んで、ゆっくりと食事をするというのです。

 男女関係なく、法政大学のデータでは、4%ぐらいいます。東京大学にもいましたが、実は法政大学は比率が結構高かったのです。友達からどう見られているかということを、ものすごく気にしてしまう。思春期なら誰でもそうですが、大学生になってもそうであり、しかも異常な執着の仕方があります。
なぜか分かりますか。私たちの時代とまったく違っているのです。今は高校生でも95%が携帯電話を持っています。大学生は100%近く携帯電話を持っています。それで、4時間目あたりに連絡を取り合って、「もうすぐお昼ご飯だから第一食堂の窓際に四つ席を確保したから来てね」というメールが流れ、友達同士が同じ席に座るのです。一人で食堂に食事をしに来る子はいないのです。
一人で食堂に来るということは、今の学生にとっては考えられないことなのです。なぜなら、いつでも携帯電話で連絡が取り合える友達関係があるからです。メールで連絡を取り合う友達もいないやつだと思われたら、人間扱いされないと思っている。本当は、そう思っている子は少ないのです。けれども、そう思われるのではないかという恐怖心から個室に逃げ込んで、そこでゆっくりご飯を食べる。そういう「便所飯」という現象が起こっています。
それに対して、大学は友達づくりのお手伝いをするわけです。お子さんが大学に合格し、合格通知書が来ると、そこにSNSというコミュニティーのQRコードが付いているのです。それで友達をつくって一緒に入学式にやってくるわけです。そうすると、入学式に一人でやってきたら、もう終わりなのです。コミュニティーができているからです。

これに苦しんでいるのです。また、会ったこともない人とコミュニティーでつながり、実際に入学式に来ても、こんな人と友達になったはずじゃないというようなことがあります。我の強い人とか、怖い人とか、全然知らない人と友達になってしまっているわけですから。そして、その人と友達関係を切るのに秋口ぐらいまでかかりますし、また切っても、次に新しい友達ができるとは限らない。そういう苦しみもあります。今大学は、本当に変な状況になっています。
『危機の大学論』(角川oneテーマ21)という本にも書きましたが、日本の大学はもう終わりました。なぜなら、昔ならブランド大学や一流大学に入れば、就職し、結婚して将来幸せになれるとか、いろいろな楽しみがあったわけです。けれども、今はそれがまったくなくなってきたのです。
大学や専門学校に進学した者のうち、安定的な仕事に就かなかった人は、52%。大学卒業3年後の離職率は29%です。35歳から39歳で離職される方も、高まっています。日本社会全体の40歳以下の若者が、ものすごく流動的になってしまっているのです。まさに居場所が見つからない状況です。

昔なら、会社に勤めれば福利厚生から全て面倒を見てくれて安心な居場所だった。良し悪しはありますが、それなりに居場所が確保できたのです。けれども、今はその居場所がなくて浮遊している状況です。そのように、日本社会全体が流動化していますから、一流大学に入っても就職ができないですし、続かないのです。

この間発表された大学卒業予定者全体に占める内定者の割合は、派遣も入れて約60・9%ですから、10人のうち6人ぐらいという大変な時代です。若者が生きづらくないわけがないのです。こういう状況の中で、3年くらい前ですが、北海道大学医学部の先生が、小学校と中学1年生全員の子どもたちのこころの状況を問診調査しました。結果、病や病を持ってしまい、治療に入らないといけない段階の子どもたちのパーセンテージが中学1年生で何と10・7%です。10人に一人が病になっているのです。

このことは、実は2007年段階でユニセフが発表した、国際的な研究機関による調査結果があるのですが、そこのデータによりますと、孤独に感じている子が高校1年生、15歳の段階で、OECD加盟国の24カ国ぐらいが参加している多くの国では、5から10%の範囲内。
2番目に高いアイスランドでも、10・3%なのです。ところが一つだけ突出している国があった。29・8%と30%近い。どこの国か分かりますよね。日本です。
その数字が出てから日本は、国際社会から注目されるようになったのです。日本の子どもが病んでいるのではないかと。このまま行ったら精神的な障害を負った子がいっぱい出てしまうのではないかという勧告文も国連子どもの権利委員会から出たような状況です。
ですから、事件を起こすような子どもや若者だけではなく、日本の多くの子どもたちがこころを病んでしまっている。尋常な事態ではないということをしっかり捉えないといけないと思います。

また、あるテレビ番組で東日本大震災の被災地の高校生と電話で話す機会があったのですが、そのときに大きな衝撃を受けました。「何か困っていることはないですか」と聞いたら、「困っていることはありません」と言うのです。仮設住宅に住んで不便にしているに決まっているのに、今あるもので生活しているから十分ですと。
物質的な面ではものすごく不自由をしているのに、一つの絆ではなく、人々とつながり合っていることの幸福感を感じていて不自由ではないと言うのですね。あるもので十分に生き合っている、支え合っている。その言葉を聞いたときに、すごいと思いましたし、新しいところを向き始めたと思いました。

生徒も先生も個の尊重が必要なのです

学生も、去年あたりに入学してきた学生から質が変わりました。本当に真剣に生き方を求めるようになってきました。物質的なものにあまりとらわれない、肩書にもあまりとらわれない、本当に芯のあるものをつかもうとしている学生が増えてきたように思います。
もう一つ思うことは、学生たちがつながろうとするのはいいのですが、個の確立が非常に弱いのです。つまり、他者の自分への評価ばかりを見てしまっているので、個の確立ができていない。私は個が確立しなければ駄目だと思います。日本の教育の一番の弱点は、一斉主義です。個々に本気で学力を付けるシステムではないのです。
本当に個を尊重してどこまで大事にできるのかというところが、社会全体にまったくないと私は思っています。それぞれが個性豊かで、能力だって多様なのだから、その子に応じて、どこまで到達目標を決めて伸ばしていくという、ヨーロッパ型の個別教育のようにならなければいけない。
時にはもちろん連帯も必要ですが、日本は全部一斉ですから、差が出てきますし、劣等感も出てくる。格差が出てくるというのは当然なのです。これはいじめが起きても当たり前の状況です。いじめが起きるという問題もやはり一人一人の先生が生徒と向き合えないからです。現場の先生の判断ではなく、誰かに責任を預けてしまっている。組織に預けてしまっている。
今、学校の先生は、6階級に分かれていることをご存じでしょうか。校長、副校長、主幹、主任、指導教諭、そして教諭です。全部成績が付きます。教育委員会指導室が先生方を相対評価でA、B、Cに分けます。このシステムでまともな教育者が育つわけがないのです。生徒も先生も個の尊重が必要なのです。そういう教育体制やシステム、理念も含めてつくる必要があるのです。

一楽  教育の現場と仏教の視点から、真城さんいかがでしょうか。

人間というのは弱いもの同士で平等である

真城  私は15年間教員として勤めた後、1993年の春に瀬戸内海の小さな島に帰ってそこの寺の住職になりました。その島はその当時、人口に占める高齢者の割合が全国第2位、日本平均の3倍ぐらいの高齢者比率でした。だいたい全国平均が約14%というときに、約43%を超えていました。今は60%を超え、人口も激減し、すでに少子化は終わって無子化に近いという状況です。

 私が京都の学校の勤めを終えて島に帰ったときは39歳の若者でした。その若者にお年寄りの会う方、会う方が「住職さんよ、わしらも若いころは元気でよかったが、こうやって年を取ったらつまらんようになりましたわい」と言われる。私は、「そう言いなさんな。75年かかって手に入った75歳だから、喜ばないといかんのじゃないですか」と言います。そうすると、「そうかもしれんけれども、情けないことよ。みんなのご厄介になってつまらんようになった」と言うわけです。一生懸命に生きてこられて、いよいよ家督を譲って楽隠居というときに、自分を価値が低いものになったとしか見ることができないのです。

年を取ってつまらんようになったということは、経済を中心につくられた社会が言わせているわけです。言葉で言えば「人材」という言葉です。つまり材料としての人ということです。材料は何に使えるのかということが大事ですし、先ほどの加藤智大被告の話で言えば、会社にとっての材料ですから、必要なときに必要なだけあればよく、いらなくなったらもう必要ないということです。
材料に必要なのは、何ができるのかという機能だけが大事なのです。あなたでなければならないという、自分のかけがえなさが無くなっていくわけです。

この人材という考え方が、お年寄りに「つまらんようになった」と言わせるわけです。つまり年を取ればだんだん機能が衰えていく。目が見えにくくなって、耳が遠くなる。体に自信がなくなって、誰かの役に立っているという実感が持てなくなっていく。こんなに衰えた私が生きていていいんだろうかということです。

人間はもともと平等に生まれてきたにもかかわらず、人材ということで、いろいろな人間や組織が、自分や組織にとって都合がいいかどうかというところでしか人間を見なくなってしまった。そうすると、自分自身を見る価値観も、自分は人材として値打ちがあるだろうかというところにしか立つことができなくなってしまうわけです。
私は、そういう老病死のど真ん中で、平等というのは、人間というのは弱いもの同士という点で平等であると思いました。強いだけの人はどこにもいない。できるだけの人もどこにもいない。みんな、できることとできないこと、得意なことと苦手なことを併せ持っているわけです。

過疎というのは人間が減ることではなく、コミュニケーションが減ることであった

真城   私たちは、地域の社会福祉協議会の人たちと一緒に、「グループだんだん」というボランティアグループを設立しました。「だんだん」というのは私たちの地域の方言で、ありがとうという意味です。その「グループだんだん」で、お金をかけずにお年寄りたちと、どうしたら一緒に楽しく豊かに生きていけるだろうかということで、小さな共同体の中の弱いもの同士を組み合わせてみました。

例えば、「つまらんようになった、できなくなった」と言っている人たちに、朝、早起きができて、電話をかけることができて、ちょっとメモをすることができる人がいる。これだけできたらモーニングコールサービス係というのができるわけです。
30代のお母さんが朝の5時に起きて子どもの弁当をつくらないといけないというときに、私たちコーディネーターに相談する。そして、たぶん一度も会話をしたことがないような元気なおばあちゃんと組み合わせて電話をするのです。「おばさん、誰々を知っているかい」と言うと、「名前と顔ぐらいは知っとるよ」というような感じです。
「すまんが、あしたの朝5時にそこへ電話をかけて起こしてやってくれるか」と言ったら、「何でもないよ、おやすいご用や」と。そのおばあさんは次の日の朝、4時半から電話の前で急ぐ気持ちを抑えて待っている。5時になるか、ならないかというときに、「もしもし、朝よ、起きて」と電話をする。

そうすると、それまで1回も話したことがなかったその二人が、ばったり道で会ったりしたときに、「あんたじゃろ、この間私が起こしてあげた人は」という会話になるのです。若い人も、「あ、そうそう。あのときはお世話になり助かりました。ありがとうございました」と。それまでは、30代の人と80代の人が道で会っても、共通の話題なんかないのです。そんなようなことをやっている間に、過疎地の過疎というのは人間が減ることではなく、コミュニケーションが減ることであったということを教えてもらえました。
このように、「人間は弱いもの同士で平等」というところをベースにすれば、もっと楽に生きていけるのです。お互いに良いも悪いも分かりあった上で付き合っているわけです。

親鸞という人もそうですが、宗教というのは、成果とか機能とか能力の問題ではないことを教えているのです。宗教とは存在そのものの問題です。「考える」「する」「できる」ではなくて、「ある」ということが大事なのです。何かができたら認めてやろうということではない世界がまずベースにあって、つまりまず無条件に認めてその上で思う存分競争させる、あるいは競争できるように育てていくということです。高い能力、あるいは良い成果を出せば存在が認められていくというのは、逆だと思うのです。
うまくいってもいかなくても自分は愛されている、自分が居ていい。それが認められているということです。そういう土壌というか、ベースというものがどこかに置き去りにされて、勝たないと駄目だ、成果を出さないと駄目だというところで、人間がどんどん経済の材料になっています。人間を豊かにするための経済であるのに、傾いてくると、経済は守るけど人間は不要な材料として切るわけです。

最近、思うことは、「ふるさと」が全て「社会」になってしまったということです。社会というのは、今生きている人だけの集まりのことだけなのだと思うのです。今生きている者だけが、日本で言えば「日本国憲法」を中心としたさまざまなルールを守り、円という通貨や日本語を共有し合っている。人間の知恵の産物です。
ふるさとというのは、全然分からないほど大昔から、生まれてきて死んで、生まれてきて死んでという歴史があるのです。そしてまだ見たこともない、未来に生まれるであろう赤ちゃんも、それから今共々に生きている人たちと、それを支えている大地も山も海も川も空も星も、あるいは一緒に住んでいる鳥も虫も花も木も、みんなひっくるめてふるさとだったのです。けれども、それがいつの間にか社会になってしまい、学校の中でも、生まれる前も、死んでから後も一切学ぶ対象にはなりません。
経済も政治も、自分が生まれる前の安心、また、死んでから後の安心ということは、一切の関心の外になってしまっています。今生きている間だけの安心や幸せや豊かさや便利さや満足を、貨幣で購入しようと思っているわけです。

宗教というものもまったく根本的なところで問い直されなくてはならない。手段化といいますか、宗教もまた貨幣化しているといいますか。現代は、自分の都合を満たすための宗教になってきているのではないかと思います。

一楽  友達がいるのに孤独になっていく。周りに人がいるのに競争相手や材料としか見えないということが大きな問題なのだと感じました。

自分というものは、縁によって変わっていく

中島  友達がいないと思われたくない、どう見られているのかが非常に気になる、あるいはずっと携帯でつながっていることを必要以上に重視する若者が増えているという問題。
このような今の若者のコミュニケーションのあり方の中で、加藤とつなげて考えてみると、一つは、若い人はメールのやりとりをずっとやっていますね。あれを見ていると、メールの中身はどうでもいいのです。「即レス」と若い子は言いますが、すぐに返すかどうかだけなのです。つまり、自分と他者とのつながりをずっと確認し合いながら生きているのです。何時間も相手から返事が来なければ、ものすごい不安を感じてしまう。そういう即レスという文化になってしまっている。

 

そして加藤は、それをインターネットに求めたということですね。本当の仲間だから書き込みをしたらすぐ返ってくる。ですから、なりすましが現れて、掲示板から人がいなくなって、不安に思って事件を起こすまで、たった1週間ぐらいなんです。この1週間が耐えられないというような文化になってしまっている。
二つ目には、どう見られているかということ。若者の言葉で言うと「キャラ」という問題。自分のキャラということをよく言うのです。自分のキャラクターというものの中で自分を表現し、他者にそれを受け入られると非常にうれしい。それで自己が承認された気になる。けれども、キャラが承認されればされるほど、自己からの疎外が起きてくるわけです。本当の自分ではなくて演じている自分が受け入れられているだけだという実存的不安問題が起きて、加藤のようにネットに、それを求め始める。つまり、「現実は建前、ネットは本音」という話が今の若者のこころを打ってしまっていると思います。

 

若いときはどうしても自分探しという問題に縛られます。そのときに、私自身が頷いた仏教の言葉がありました。仏教は、自分探しをしている人たちに対して、そんなものはないですよと言うわけです。絶対的な本質的な自分なんてどこにもありませんと。そして、だからあなたがいるのですという言い方をします。
近代西洋を開いたデカルトという哲学者は、「ego cogito, ergo sum」(我思う、ゆえに我あり)と言いました。デカルトはあらゆるものを疑ったのです。全てを疑った末に、一つだけどうしても疑えないものがあった。それは、自分が今疑っているということ。考えている以上、考えている自分がいる。だから、デカルトは、私の存在は私が思っているということによって証明できると言ったのです。

 

つまり、近代西洋は、人間の存在を人間の理性から発想し、これによって理性が全ての中心にあり、それによって全てをコントロールできると考えていったところから始まっていくので、宗教的なものが公的な領域から排除されていった。
それに対して仏教は、ゆるぎない絶対的な自己の本質なんて存在しませんよ。だからあなたという現象が存在するのですと言うわけです。それでは、私という存在はいったい何なのか。「無相の自我」と言うこともありますが、実は私というのは常に毎日、毎日変容しながら生きていると仏教は言うわけです。

また、仏教の一番重要なことで言えば、「」という考え方です。縁です。私たちは、人間関係だけではなく、自然や動物といったと出あっています。仏教では、出あいを続けることによって自己変容しつづけると考えます。自分というものは、縁によって日々変わっていくと仏教は考えるのです。
自分探しで自分の内側ばかり見ていますが、そうではない。外に眼を開くことによって自分というものが発見できる。縁の中に自分がいるということを認めることが仏教の非常に重要なポイントです。そのことを突き詰めていったのが、親鸞なのだろうと思います。

親鸞は、人間の理性、あるいは人間が考えること、人間が自分の力でやっているという思い上がりや過信というのを徹底的にいさめた人ですね。自分の力で何でもやっていると思っているかもしれないが、それは大きな、大きな別の力に促されて、いろいろなことをやっている、それに自覚的になることが重要なのですと言いました。
「絶対他力」という考え方ですね。弥陀の本願に導かれて生きているという考え方です。それによって自力の行き過ぎた、何でもかんでも自分でやれると思うことをいさめるというのが親鸞の考えた非常に重要なポイントなのだろうと思います。

加藤は、自分が死刑になることを分かっています。著書でもそのような書き方をしています。ですから加藤には自分の生命というものに対する欲望がないんだろうと思うわけですが、そうではないのです。彼は、もしかすると自分の生命はなくなっていいと思っているかもしれない。けれども、自分であることの欲望はずっと続いているのです。
このことをどのように考えるか。そして、それが今の若者のコミュニケーションの中にある。そのときに仏教の言葉というのは大きな力を持っていると思うのです。親鸞が考えたことは、今の若者の苦悩を脱臼させるような力を持っていると思います。

誰もが必要な存在ということです

尾木  非常に感動しました。私はいったい何だろうと思いながら聞かせていただきました。私自身が教師をやっていて大事にしてきたことを話させていただきます。日本の今の学校教育というのは、先生方がどういう子どもに育てるかという一つの目標設定があります。遅刻をしない、あいさつが大きな声でできる、どの子も跳び箱を跳ばせようとか……。私は、違うと思っています。
どうして、跳び箱を全員が跳べないといけないのだろうと思うのです。全員が跳べるに越したことはないけれど、全員が跳べるように必死になってトレーニングしていけばいくほど、跳べない子のつらさが、どれだけ大きくなるか。運動神経がよくない子は跳べないし、体に障害を持っていれば跳べないわけです。私は、3段を跳べない子がいたら、6段跳べる子に、その子のつらさが分かるようにすることが教育だと思うのです。
跳び箱が跳べなくて泣いている、ぐずついているような子がいたら、その子のつらさを、できる子も分かるように、彼の気持ちが分かりますかというふうにして持っていく、そこが教育のすごく大事なことだと思うのです。
小さい声でしかあいさつのできない子に無理に大きな声で「おはよう」と言わせて、「やればできる」と言うのは、先生の自己満足なのです。大きな声であいさつができることが成果ではないわけです。小さな声であいさつができなかったら、「どうしたの」と寄っていってほしい。何かあったら、「それはつらいね」といって共感してほしいのです。
そういうことが全然行われていないのです。「早寝早起き朝ご飯」だって、食べるのは大事なことなのですが、やりたくてもできないご家庭や子どもたちはたくさんいるのです。そのことも理解しないで単に運動化したらどうなるでしょうか。一人一人のつらさが見えなくなって、こころを思いやることができなくなってしまうのです。
正しいことであっても運動化すべきではありません。そこにあるこころをつかむことが大事なので、方法論は多様であっていいと考えています。

一楽  学校も商品というサービス業となってしまっている中で、生きていることの事実をどのように感覚し、取り戻したらいいのでしょうか。

真城  先ほどの中島さんの縁起ということを少し補足させていただきます。よく他力ということで、生かされて生きているという言い方をします。
例えば、中学2年生の子どもたちに、「あなたは生かされて生きているという実感はありますか」と聞いたら、「生かされて生きていると思っています」という答えはたくさん返ってきます。意外に思うかもしれませんが、彼らが思って言っていることと、こちらが思っていることとは完全に擦れ違っているのです。
生きたくもないのにに入れられて生かされて生きている。あるいは、私のしたいことではなく、大人が敷いたレールの上で、トロッコが走るように生きている。そのレールから外れたら、もう終わりというような感覚を持たされているということもありますね。
生かされて生きているという、他者の支えによってということもあるのですが、縁起は一方通行ではありません。病気になろうが寝たきりになろうが、どういう状態になっても、その人が何かを生かして生きているのです。ですから、生かされていると同時に、誰もが何かを生かしている、つまり、誰もが必要な存在ということです。
私たちは、お互いに縁起の中で生きているということに思いがいきません。自分が傷つけた相手が、実は私を支えていたということに、私たちは思いが行かないから傷つけることができるわけです。けれども、そういう関係が縁起ですから、そこが本当にに落ちると、特定の誰かだけに価値があってということとはまったく違う、縁起の中でお互いに主従も優劣も上下もない関係の中にいるんだという眼が開かれるのです。
中島さんは、知恵ということで頑張ると、主語がいつも「私が」になるということを話されています。親鸞は29歳のときの出あいを「をてて本願にす」という言葉で語られました。私は、主語が「私が」から始まるもの全部が雑行だと思うのです。
「私が」何々しなければならない。「私が」何々してはならないということからの解放が「他力」ですね。何かできたとかできないとかということがあろうがなかろうが、私たちは大切な存在として、仏様からしっかりと認められている。仏の願いがかけられて応援してもらい、気にかけてもらっている。そういう尊い存在であったというところにきちっと立ったときに、大きな安心感を持った上で、自分に与えられた環境や条件の中で、できることを惜しまずやらせてもらうという、受け身ではない積極的な生き方ができてくるのではないかと思います。

中島  今の主語の問題はとても重要です。秋葉原事件についても、あるいは派遣労働についても言える問題で、なぜ今若い人たちが生きづらさを感じているのかというと、自己の代替可能性というものを突き付けられる社会だからです。つまり、AさんでもBさんでもいい、代わりは幾らでもいると言われるわけです。名前も覚えてもらえず、いつでも替えられるということを突き付けられる労働形態が主流化してしまったということが、非常に大きな問題なのだと思います。
加藤は事件を起こす三日前に会社で暴れて、自分の作業着がないといって帰ってしまうのですが、ネット上に、「俺に、それでも会社に出てこいと言ってくる。俺じゃなくても、誰でもやれる仕事だろう。こんなの簡単な仕事だろう。誰が行くか」と書いています。
彼は、会社に対して、作業着がなかったということに対して怒ったのではなく、自分を付け替え可能な他者として扱う社会構造に対して怒っていたのだと思います。
それに対して宗教というのは、違った世界観があります。インドにダルマという言葉がありますが、ダルマというのは宇宙全体の「法」と訳します。宇宙全体をつかさどっている法則です。その中では、あなたにはかけがえのない重要な役割があると言うわけです。
それぞれがそれぞれの役割を果たしている。だから、自らの役割をしっかり果たすことによって、全体に対する意味ある一部として生きることができる。自分がこの世の中で生きている意味というものをしっかりと確認して、その中で生きていける。全ての存在にはその役割があるということが、宗教が考えてきたことなのではないかなと思うのです。
そして、そんな私は、常に自己を超えた力=絶対他力によって導かれている。そのことに向き合った瞬間、「自己であることの欲望」から解放され、他者と世界に自己を開くことができる。縁によって世界と結ばれ、自己の場所(トポス)を獲得する。そんなメッセージを仏教は発信していくべき時だと思います。

尾木  今いじめ問題が全然解決していかないのは、主語の問題なのです。実は、1985年に文部省(現文科省)が出したいじめの定義というのは、「①自分より弱い者に対して一方的に、②身体的心理的な攻撃を継続的に加え、③相手が深刻な苦痛を感じているものであって、④学校としてその事実を確認しているもの」という定義だったのです。ここでは、いじめられている子の存在は非常に弱いのです。いじめている子が主語になっていて、しかもそれをトータルに学校が確認したものとなっていたのです。
ところが、2006年の段階、実際に発表されたのは2007年ですが、定義が変わりました。主語が変わったのです。「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と。
つまり、主語が、「いじめている子」から、「いじめられている子」に変わったのです。けれども、いじめは確認できなかったとよく発表される。確認できなかったなんておかしいのです。なぜなら、つらかったといって、遺書を残して死んでいるわけです。その事実がいじめなのです。
埼玉県のK市の裁判でも、裁判長が確認できないと言いました。裁判長といえども、そんな権限はありません。いじめられている子が、いじめられた、つらかったといって亡くなっている。最大の犠牲を払っているのに、後に残った人たちが何を判断しているのか、私は本当に不遜なことだと思います。
亡くなったという事実をそのまま受け止めて、どういう事実があったのかということを探って同じようなことが二度と起きないようにすること。主語というのは本当に大事です。

すでに与えられているところが私の居場所

真城  仏教の大変有名な言葉で、「天上天下唯我独尊」という、お釈迦さまが生まれてすぐにおっしゃったと言われる言葉があります。「天上天下」というのはどんな状態であっても、どんな境遇であってもということだと思います。
「唯我」というのは、どんな場合であってもかけがえのないあなたであるということです。今日は代わりがないということでなく、代わりがあるということ自体があり得ないのです。役に立つとか立たないとか、そんなことをはるかに超えて、私たちはどんなときも唯我なのです。それは、過去にも未来にも唯我であるということです。
そして「独尊」。「独」は何も足さない、何も引かない。ありのままの、このままの私が基本的に尊いということですね。かけがえのないあなたはどこまでいってもそのままで、尊い存在なんだということが、いつでも、どこかで確かめられると、私たちは居場所を探さなくてもいい。もうすでに与えられているところが私の居場所なのだと思います。
親鸞が教えるのは、念仏こそが唯我独尊としての私に安心して、どんな境遇においても生きられる道を開くということでしょう。

一楽  最後に真城さんがおっしゃってくださった、すでに与えられている、そういう場所があるのに、それが見えなくなっているのはなぜかということを思います。
やはり、世の中での、勝ち負けという価値観や、これしかないというような決めつけで、自分のかけがえのなさというものが見えにくくなっているんだなということを感じました。また、それをどう取り戻していくかというのが、先に生きている大人である私たち自身の責任でありますし、それが子どもたちにもじわじわと伝わっていくのではないかと思いました。
中島さんから、ナナメの関係とおっしゃっていただきました。タテとヨコ、上下だけではない、ナナメの関係ということに大きな示唆をいただきました。
本日は、3人の方からそれぞれ貴重な提言をいただきました。本当にありがとうございました

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