2023年02月16日
Category サンガコラム
「あのひと、たおれてるよ!」。
買い物帰り、4歳の娘が叫んだ。見れば、線路の高架下でホームレスらしき男性が段ボールの上で寝そべっていた。具合が悪そうではない。私が「大丈夫、寝てるだけだよ」と言うと、娘は「え!」と驚き、男性をじっと見ている。私はハッとした。娘の〝なんでスイッチ〞を押してしまった気がしたからだ。きっと「なんで、おそとでねてるの? なんで、おうちでねないの?」と続くのではないかと身構えた。すると、娘は私の顔を見据え、「あのひと、だいじょうぶじゃないよ」と言い、「だって、さむいよ」と続けた。
娘の言う通りだった。高架下とは言え、寒い屋外で寝ていて大丈夫であるはずがない。ホームレスの人々を見慣れた風景にしてしまっていたのだ。娘の視線が痛くて、自分がとても情けなくなった。私は娘の手を引き、勇気を振りしぼって、男性に声をかけた。「大丈夫ですか?」。男性は目を閉じたまま返答はない。私がもう一度聞くと、男性が小さく手を振った。「大丈夫、気にするな」と言っているようなしぐさだった。
私たちは帰路に着いた。娘は鼻歌を歌っていた。かたや、私は居たたまれない気持ちでいっぱいだった。決して大丈夫ではない男性に「大丈夫ですか?」と聞いてしまったことを後悔した。
堀江 彩木
諦聽寺坊守。
ねじめ彩木のペンネームにて、数々のテレビドラマの脚本を手掛ける。