2020年04月08日

Category サンガコラム

がんばれ、お母さん!

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 かなり急な坂を下っていると、前方から「がんばれ、お母さん!」という子どもの声が聞こえてくる。黒いコートを着た女性が、後ろに子どもを乗せた自転車でこの坂道を上ってこようとしている。アシスト付きとはいえ、さぞや大変であろうに、子どもも母親も元気そうに笑みを浮かべている。この親子にはこれまで2度ほど会っている。その度に、こころのこわばりがほぐされていくような心地よさが湧いてくる。

 これは、子どもの母親への励ましの気持ちが素直にこちらのこころに伝わってくるからであろう。さらに、「がんばれ」という声を背に母親が、その励ましを喜んで受け取っていることが彼女の表情に表れているからにちがいない。子どもが母を思い、母が子どもを思うという状況が、たまたまそこに居合わせた人間をもあたたかい気持ちにしてくれる。

 あの「がんばれ」は、ひたすら母親に向かっている。坂道に難儀している母親を励ますことのみが願われている。急な坂道に打ち勝つことや、早く帰宅しておやつを食べることが目指されているわけではない。あの「がんばれ」には、敵もいなければ、報奨もない。その単純さが聞く者にすがすがしさをもたらすのである。

 敵に打ち勝つための「がんばれ」は、往々にして醜さを帯びてしまう。味方を励ますことだけでなく、敵の失敗を喜び、敵を貶めることさえよしとするからである。敵味方という区別を受け入れたとたん、われわれの叫ぶ「がんばれ」は、つねに誹謗中傷と差別感情へと流されていく。そうならないためには、敵味方ではなく、励ましたい人、その人に向けた「がんばれ」でなくてはならない。がんばれ、お母さん!あの子どものように。

 

 

 

池上 哲司 (大谷大学名誉教授)

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