2021年08月05日

Category サンガコラム終活

半々

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.61

 総合病院から入院患者さんの紹介の電話が入る。「95歳の肺がんの末期の女性ですが頼めますか?」とソーシャルワーカーさん。「しんどい検査や抗がん剤はしない」とご主人さんもご家族さんも。転院を引き受ける。最近多いのが90歳を超えた患者さんたちの紹介だ。昔は90歳と聞けば、大そうな老人、だった。家族も「もう齢ですから」、本人も「家族に迷惑掛けたくない」が定番だった。日に日に老衰が進み、あの世へと旅立っていかれるだろう、と医療者は思っていた。ところが、である。90歳といえども、中には元気な方たちも見受けるようになった。かつて、還暦を迎えた患者さんの場合、手術適応はあるのか、血液透析の適応はあるのかと論議したが、このごろは90歳であろうが95歳であろうが手術の対象となったり、血液透析を実施したりして健康を回復する人もいるようになった。

 90歳以上の人口は244万人(男性62万人、女性182万人)、95歳以上は60万人(男性11万人、女性49万人)〔2020年12月、総務省統計局〕、臨床の場でも90歳以上の年齢層の増加を肌で感じる。

 「先生、ここらが苦しい」と左胸を指す95歳の女性がおられる。肌艶がその年齢には見えない。ただし肺がん。治療が効を奏し、小康を得ている。CTも血液検査も合格。「がんばりましょう」と励ますと、「いいです。もういい、あの世へ行きたい」とはっきりおっしゃる。ご主人は認知症があって、別の老人施設に入所中。「別々でちょっとホッとしてるんです」と。ご主人のお齢はその女性より5つ年下の90歳。「姉さん女房ですね。惚れられた?」と聞くと、「やめて下さいよ。でもあの時ね、私ズルした。彼、公務員で、それで決めた。そんなに好きやなかったのに」。95歳とは思えぬ躍動感のある語り振り。別の初夏の日、看護師さんに車椅子で屋上に連れてってもらって夕焼け見たあと、「もちっと生きてもいいかな」とその女性。「どっち⁉」と意地悪な質問を投げた。間をおいて、「半々」。「死にたいの半分、生きたいの半分」。それが95歳の女性のその時の答えだった。

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』など多数。

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