2020年06月10日

Category サンガコラム終活

フキやミョウガ

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.54

 診察でぼくは患者さんに問う。「いかがですか?」。これはほとんどの患者さんに言っている。新患さんには「どうされましたか?」。続いて食欲や便通や睡眠について尋ねる。 家族が「お義母さん、ちょっと変なんです。下着、裏表間違えるし、服は前後ろ反対だし」と診察室に入って来ることもある。「えっとー」と生年月日を尋ねてみる。大抵の人は間違わずに答える。「お年は?」と続けると、「えーと」と困り顔。10歳以上若く言う人もあるし、逆に頻度は少ないが、10歳以上年齢を多めに言う人もある。太っ腹。生年月日は不変だが、年齢は年ごとに変化するので間違える。

 認知症かどうかを大雑把に判断するため、長谷川式簡易知能評価スケールを使わせてもらう。質問がいくつか並び、最後に知っている野菜の名前、10個言えますか、と問う。魚の名前でも果物の名前でもいいのだが。「大根、白菜、ほうれん草」とまでは調子よく答えたのに、そこで急停止ということがある。「白菜に、大根に、えっとー」と迷路に入ってしまう。「スーパーの野菜売り場を思い浮かべてもいいですよ」と助け船。「ああ、ネギ、モヤシ、タケノコに小松菜、水菜」と湧いてくる。6個言えて1点加算。8個だと3点、10個以上言えて5点、と配点してある。

 入院している患者さんにも尋ねることがある。誰もが年取ると覚えるのが苦手になり忘れてしまうことが多くなる。それが普通。敢えて認知症と呼ぶこともない、と思う。「物忘れがひどくて」とおっしゃる入院中の高齢の患者さんにいつものように「野菜の名、10個」と言ったことがある。その患者さん、農協で働いていた人で、野菜のことめっぽう詳しかった。5点満点を獲得。逆に問われた。「先生、原産国が日本の野菜、知っておられますか?」。考えてみたこともなかった。キャベツにピーマン、アスパラ、ブロッコリー、パプリカは違う、というのは分かる。口ごもっていると老人は答えた。「フキ、セリ、ウド、ハマボウフー、ミツバ、ワサビ、サンショウ、ジュンサイ、ヤマイモ、ミョウガ」と淀みなくおっしゃった。ぼく、0点。

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『まぁるい死』など多数。

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