2022年12月04日
Category サンガコラム終活
パーキンソン病の93のスミコさん、介護用ベッドに寝たきり。2人の息子は東京と大阪。介護は1歳年下のタロウさん、92。スミコさんに粥食べさせオムツを替え、寝衣のシワをのばすと「じゃあ」と家を出ようとする。「ノムー」とジャズシンガーのような太い声。飲むのは大山乳業のコーヒー牛乳。スミコさんの主食。1日に1ℓ。ゴクゴク。「アリガトー」と低音のシンガー。
家の近くに自分ちの畑がある。トマト、キュウリ、ナス、タマネギ、大根、白菜、それにスイカ。タロウさんの生きがい。
スミコさんには慢性関節リウマチもある。ステロイドの長年の服用もあって皮膚が紙のように薄い。両方の足が細菌感染に襲われる。膿もでる。蜂窩織炎。総合病院の形成外科で皮膚移植を受けたこともある。完治しない、繰り返す。「ジビョーデス」とシンガー。「わしがパットを替えたります」とタロウさん。
今年の1月、タロウさんがコロナに感染した。総合病院に入院。介護者を失ったスミコさん、診療所の家族室に移った。2日後にコロナ感染判明。別の総合病院が引き受けてくれた。2週間が経って2人無事に我が家に合流。2人で帰還を祝福した。
コーヒー牛乳と農作業の平安な日々が戻った。7ヵ月が経った。息子に叱られ運転免許は返納し自転車オンリーにしたタロウさん、スーパーの帰り、転倒。骨盤骨折。総合病院入院。スミコさんはぼくらの診療所にお預り入院。それから2週間が過ぎてスミコさんに誕生日が来た、94。タロウさんから手紙が届いた。「ハピバースデースミコさーん」と皆で歌って拍手して、手紙の封が切られた。
「スミコさん、お久しぶりです。病状を野の花の皆さんから聞いています。一日も早くそばに寄り添いたい気持ち、強くなっています。私の不注意が残念です。許して下さい。早く会って抱きしめたいです。リハビリがんばりますから、お母さんもがんばって下さい。歩けるようになって、抱きしめたいです」。
思わず皆が拍手した。スミコさんの顔が赤くなった。
徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』(共著)など多数。