サンガコラム
われもひとも共に
「うまくても、へたでも、いっしょにできる。すばらしいことです」
今年、ある学生が感話※で語ってくれた言葉である。今の時代にもっとも求められていることだと思う。※その時の自分の率直な気持ちを述べる、仏教の教育で一番大切なひととき。
お坊さんの学校なので、その学生はお勤め(お経や親鸞の作った『正信偈』に節を付けて唱和すること)について言ったのだが、今日の社会の風潮ではなかなかむずかしいことだ。
たしかに日本国憲法の第十四条には、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と基本的人権の享受をうたっている。しかし、現実の生活場面では、できる・できないの能力や資格、業績で人間が厳しく選別されていく傾向が強くなっているように感じる。
ねがいみも こころもはだかで ありたいありのままのにんげんで ありたい
原爆被害の人たちと歩んできた米津優喜子さんが、『歎異抄』に出会って詠った詩である。峠三吉の「にんげんをかえせ」の言葉を思い起こす。戦禍の激しい苦痛と深い哀しみが記憶の底に埋もれていくにつれて、豊かさと便利さの暴流にのみこまれ、「にんげん」であることがすり減っていないだろうか。
『歎異抄』の世界は、われもひとも共に、凡夫(ただのひと)として出会っているという「にんげん」の事実を教えている。
昨年、別の学生は人間を回復するすばらしい言葉をのこして卒業していった。
「あなたがあなた自身であることに近づいていきたい」
狐野 秀存(大谷専修学院 学院長)
学校で「疾風怒濤」という言葉を教わった。妙に「そうか」とうなずいた。友だち同士で習いたてのこの言葉を振り回し、いい気になっていた。十代の終わりごろで、意気軒昂だった。
半世紀以上たって、いきなり疾風怒濤の中に投げ込まれた。一昨年以来、未知の病気がまん延し、世界中が嵐の中を航海している様相になっている。いつ横波に襲われて、生活という船が転覆するか知れない。
若いころの無鉄砲さも影を潜め、世渡りの術も少しはおぼえ、「こんなものか」と自分と折り合いをつけたと思っていた矢先、そのような世間知がまったく間に合わない事態に直面した。毎日毎日が「きょうはどうするか」の連続だった。
理不尽だが、現実だから、みなで知恵を出し合って、世界的規模のこの困難を乗り越えていかなければならない。
昔読んだ柴田翔の『されど われらが日々―』の終章の言葉を思い出す。
時代が違うから違う困難ではあったけれども︑困難があるという点では同じだった。(略)だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだ。
自分でなくてもいい。自分たちの中から明日への希望をもって、あゆみ出す人のいること、その姿がみなの希望になる。
本願寺第8代の蓮如(1415 〜1499)は、宗祖親鸞の命日を「明日」と書いている。戦国乱世のただ中で、死という人生の総括の日を明日への出発と受け止めた感性はすばらしい。