「なんで、出ないの！」

 

　「大型犬ですか？」、ペットショップの店員さんが聞く。「はい、まあ…」と特大サイズのペット用トイレシーツを抱える私。けれど、わが家に大型犬は居ない。このペットシーツは３歳半になるわが娘のおもらし用。恥ずかしながら、娘はいまだにオムツをしている。幼稚園や稽古事の教室では、ちゃんとトイレで用を足せるのに、家のトイレでだけしてくれない。「外でできるならいいじゃない」、わが母はそう言って甘やかすが、これが当たり前になっては困る。リビングにマットを敷き、ノーオムツを強行。「やだ、オムツがいい！」と娘は泣きわめくけれど、心を鬼にしてパンツ生活。すると、なんと、昼になり夕方になっても、娘はおしっこをしない。どうやら娘は、おもらしすると怒られる。でも、オムツをしていない。だからおしっこを我慢するという暴挙に出たのだ。

　膀胱炎になったら大変と、娘を抱えトイレの便座に座らせるが、出ない。「なんで、出ないの！」、私はつい声を荒げてしまった。すると、娘はワーと泣き出し、便座を降りてリビングの隅（マット外）でおもらしをした。もちろん、大量。こんな一連の流れが一週間ほど続いた。さすがに私も疲弊し、遊びやごはんの時間もおしっこのことばかり考え、憂鬱な日々が続いた。　

　そんなある晩、寝ている娘がギャーと泣き出した。娘はトイレの夢を見ているようで、「なんで、出ないの！」と自分のお腹を何度も叩いている。私はなんてひどいことをしてしまったのだろうか。娘だってトイレでおしっこがしたいのだ。ただ、上手に出せないだけなのに。私は慌てて「出なくていいよ、好きなとこでしていいよ」と娘を抱きしめると、娘は気持ちよさそうにおもらしをして眠った。そんなわけで、家中に特大ペットシーツを敷きつめることになりました。

 

 

堀江 彩木

諦聴寺坊守。
ねじめ彩木のペンネームにて、数々のテレビドラマの脚本を手掛ける。