「ニュースの砂漠化」が進む | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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「ニュースの砂漠化」が進む

「ニュースの砂漠化」が進む
深慮遠望VOL.7

 記憶に新しい静岡県熱海市伊豆山の土石流災害。実はあの数日後、かつての新聞社の同僚から電話があり、「おい、知っているか。土石流の記事が夕刊に出ていない新聞があったんだ」と聞かされた。発生は昨年7月3日午前10時半ごろ、夕刊には間に合うはずだ。「えっ、まさか」。報道の経験からすると信じ難い。現場は遠方でもない。

 電話でしゃべった翌日、中野区立鷺宮図書館(東京都)で調べたら朝日、毎日、東京の各紙には1行もない。読売は一面に大きな見出しで伝え、現場写真や地図も添えていた。日経は写真こそないが一面に記事を突っ込んでいた。「聞いた通りだ」とため息が出た。

 新聞社は通信部などの統廃合で取材網が粗くなったことは気づいていた。即座に対応できない空白域が広がっているのだ。インターネットによって購読者や広告が減り、新聞経営が厳しくなっているせいだろう。私の周りでも「ネットで見るから新聞は要らない」という人は少なくない。「待ってくれ」と言いたい。ネットのニュースも、多くは新聞社や通信社、テレビ局、出版社が取材した素材に依拠しているのではないか。

 1980年代にデパートの広告に登場した「ほしいものが、ほしいわ」というキャッチコピーが、消費社会の心性を表していると語られたことがあった。それになぞらえれば、ネットは「知りたいものが、知りたいわ」という期待に応える媒体ではあろう。しかも、無料である。

 ただ、「知りたいわけじゃないが、知っておいた方がいい」というニュースや論説に触れる機会は多ければ多いほどいい。そんな仕組みが担保されている社会は健康だと思う。だがニュースの取材には人手も時間もかかる。そのコストをどれだけ負担する気があるか、受け手側の見識も問われている気がする。

 

 

 

井上憲司(元社会部記者)

学校で「疾風怒濤」という言葉を教わった。妙に「そうか」とうなずいた。友だち同士で習いたてのこの言葉を振り回し、いい気になっていた。十代の終わりごろで、意気軒昂だった。
 半世紀以上たって、いきなり疾風怒濤の中に投げ込まれた。一昨年以来、未知の病気がまん延し、世界中が嵐の中を航海している様相になっている。いつ横波に襲われて、生活という船が転覆するか知れない。
 若いころの無鉄砲さも影を潜め、世渡りの術も少しはおぼえ、「こんなものか」と自分と折り合いをつけたと思っていた矢先、そのような世間知がまったく間に合わない事態に直面した。毎日毎日が「きょうはどうするか」の連続だった。
 理不尽だが、現実だから、みなで知恵を出し合って、世界的規模のこの困難を乗り越えていかなければならない。
 昔読んだ柴田翔の『されど われらが日々―』の終章の言葉を思い出す。

時代が違うから違う困難ではあったけれども︑困難があるという点では同じだった。(略)だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだ。

自分でなくてもいい。自分たちの中から明日への希望をもって、あゆみ出す人のいること、その姿がみなの希望になる。
 本願寺第8代の蓮如(1415 〜1499)は、宗祖親鸞の命日を「明日」と書いている。戦国乱世のただ中で、死という人生の総括の日を明日への出発と受け止めた感性はすばらしい。

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