2021年04月09日

Category サンガコラム終活

老人とオノマトペ

老いるについて―野の花診療所の窓から  Vol.59

 さよばあさんは90歳。ギラギラの目でキョロキョロし、夜の病棟に「ちょっとちょっとー」と大声を上げる。認知症もある、肺がんもある。「虫が壁を這っとる。子どもが壁の向こうに行った」。幻視が出る。息子さんが一人いるがトラックの運転手でなかなか帰ってこられない。新型コロナウイルスの流行で面会も自粛されがち。さよさん、シワシワの顔で入れ歯合わず、カクンカクンする。夜間のせん妄の薬を飲んでもらうこともある。効くと、グーグー、ガーガーと寝る。一方夜中、喉元でゴロゴロ、ガラガラ、痰の音がする。当直ナースが吸引器で痰を取る。「コンコンと咳してー」。痰はジュルジュルとチューブの中へ。おむつもジュクジュク。陰部を微温湯〈ぬるまゆ〉でそっと洗って乾いたタオルで拭き、新しいおむつにサッサッと交換。スースーの寝息がすることもあり、スヤスヤと眠りに落ちることもある。

 朝が始まる。さよさんは自分で食べられる。粥とみそ汁、フーフーし少量をスプーンにすくう。モグモグしゴクンゴクン。嚥下〈えんげ〉成功の時もあるが失敗の時もある。ゴボッゴボッと吐き出せればいいが力がない。ゴホンゴホンと咳込む。パンは歯ぐきでムニムニとつぶし、プリンはツルツルと食道へ下っていく。

 さよさん、少し歩ける。スタスタではない、注意しながら、ゆっくりゆっくり。寝たきりを防ごうとする意欲あり。歩く姿がヨロヨロだったり、ヨタヨタだったり、ヨレヨレでヨボヨボ。でもひたすら今日の一歩に挑戦する。

 お年寄りでなくても若い人でも赤ん坊でも誰でも、生きていく上で大切なことの一つは「うんち」。さよさん、便秘がち。1週間でないこともある。コロコロの硬い便が少しのこともある。下剤も使うが、ナースがおなかをマッサージする。ゴロゴロとおなかの音がする。グニョグニョとバナナの形が出ればおめでとう。おなかもへこみ、ニコニコ顔が戻る。でも老いの道は谷あり、谷あり。

 死がやってくる。体の全部が止まってしまう。ギラギラの目も瞼の下で眠りにつく。止まった視線は「ユーラ、ユラ」?「シーーン」? オノマトペも止まってしまう。

 

*オノマトペ…擬音語、擬態語

 

徳永 進 (医師)
1948年鳥取県生まれ。京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院内科部長を経て、01年、鳥取市内にホスピスケアを行う「野の花診療所」を開設。82年『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞、92年、地域医療への貢献を認められ第1回若月賞を受賞。著書に、『老いるもよし』『死の文化を豊かに』『「いのち」の現場でとまどう』『看取るあなたへ』など多数。

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