2021年10月05日

Category サンガコラム

すべての人々のために

深慮遠望VOL.6

 オリンピックの試合に観客を入れるか、会場でのアルコール飲料を認めるかが問題になっていたとき、担当大臣が「ステークホルダーの意向があるので…」と発言していた。ステークホルダーとは掛け金の管理者であり、そこから出資者、利害関係者を意味し、上の発言では東京オリンピック開催に当たってのスポンサーであるアルコール飲料会社のことが念頭に置かれていたのであろう。

 しかし、東京オリンピック開催の最大のスポンサーは都民であり、国民ではないのか。当初予算を大幅に超過した一兆円にも及ぶ金額を負担するのはわれわれであり、ステークホルダーというなら、われわれこそが最大のステークホルダーのはずである。にもかかわらず、オリンピック関係者は都民や国民の声に耳を傾けようとしなかった。総理大臣は「オリンピック開催によってコロナ感染症で亡くなる人がひとりでも増えることがないように開催を中止する」と言うことはなかった。

 問題はこの先にある。政治においては掛け金を出した者だけの意向が考慮されねばならないのだろうか。現実には贈収賄事件として明らかなように、掛け金を出した者の意向が容れられている。しかし、われわれの目指すべき国のあり方とは、掛け金を出すことのできない者をも含めたすべての人々のために政治がなされるということではないのか。

 ステークホルダーという言葉にだまされてはいけない。その言葉が具体的に誰を意味し、その発言が誰のために行われているかを問いただそう。政治においてステークホルダーという言葉を使うこと自体が、発想の卑しさを表している。大切なのは、そのステークホルダーなる者になれない、すべての人々のためにという発想を自らのものとすることである。

 

 

 

池上哲司(大谷大学名誉教授)

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