2021年08月05日

Category インタビュー

国境のない自由の人

漫画家・文筆家 ヤマザキ マリさん

ヤマザキさんは自由の人だ。お母さんに「日本だけが世界じゃない」と勧められ、17歳でイタリアに渡った。そこからヤマザキさんの国境のない生き方が始まる。新型コロナウイルス感染症の閉塞状況の日本にあって、一つの価値観にとらわれないヤマザキさんの言動が心地よい。

 27歳で帰国するまでの7年間は、暗黒の青春時代だったという。留学して間も無く出会った大学生の詩人との同棲は、電気や水道が止められてしまうほどの極貧生活。しかし、経済的な不安以上に言葉のバトルがつらかったという。妊娠を知って、彼と子ども両方を抱えて生きるのは無理だと思った。
 少女漫画に応募して手にした賞金で飛行機のチケットを買うと、子どもを連れて日本に帰った。「しょうがないね。孫の代までは私の責任だから」と母は言った。漫画を描きながら、地元紙(北海道)でエッセイを書き、イタリア語の講師や温泉リポートなどをやった。ヤマザキさんの人生の転機だった。

 母はヴィオラ奏者で、当時札幌で創設されたばかりのオーケストラの楽団員になるために、両親の反対を押し切って、勘当同然で北海道にやってきました。戦争を体験している人間なので、予定調和というものを一切信用しない人間だったんですね。指揮者の男性と結婚し、私が生まれて2年足らずで夫と死別。再婚したものの離婚し、その後はシングルマザーとして2人の娘を抱えることとなりました。
 人間の悩みのほとんどは、自分の思いどおりにならないということから起こってきます。娘のことでも自分の仕事にしても、理想や計画を立てたところで、そのとおりにならないことを散々経験してきた人なので、予想外のことが起きてもあまり驚かない。そして、それが彼女の生き方の軸になっているんだと思います。それが私にとってはすごく楽だったんですね。彼女と話していても、「どうしてそんなこと考えるの」なんて言われたことは一度もない。何でも「へえ」と聞いてくれるんです。
 母は世間が作り出した母親像をほとんど意識することなく、自由を謳歌し、波乱万丈に生きてきたようですが、「生きることって楽しいんだよ」ということさえ子どもに届けばそれでよしと、どこかで確信しているのでしょう。

 『テルマエ・ロマエ』が賞をもらい、ベストセラーになった。イタリア人の研究者と結婚し、イタリア、シリア、ポルトガル、アメリカで住んだ。旅した国は数知れず、国境のない世界人だ。

 人間は、自分たちがこの地球上で、一番偉い生き物だとどこか思っている傾向がありますよね。だからどんな生き物よりも生き延びなければならない、みたいな。それは本当に横柄な考え方だと思います。知性や知能があるからって優れていることにはなりません。知能があるせいで、私たちは地球をいま壊そうとさえしていますよね。温暖化は人間の知恵が編み出してしまったものですから。
 そう考えると、動物や昆虫観察をするみたいに、少し立ち位置を変えて、人間はこんなことをしてしまう生き物なんだって認識することが必要ですよね。だから、常に視野を広げて、色んなことを知ることが大事になってくる。世界の様々な価値観に触れ、歴史をたどることが、目の前の課題に対するヒントになると思っています。

※『テルマエ・ロマエ』 古代ローマ浴場技師ルシウスを中心として、現代日本の風呂が交錯して繰り広げられる奇想天外の物語。

 

<Profile>

ヤマザキ・マリ 

1967年、東京都生まれ。北海道育ち。
84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を学ぶ。97年、漫画家としてデビュー。イタリアの比較文学研究者との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカで暮らし、現在は日本とイタリアで暮らす。
2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。著書に『プリニウス』『オリンピュア・キュクロス』など多数。

写真・児玉成一

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