2024年11月13日
Category サンガコラム
クリニックで処方箋をもらい、その処方箋で薬局から降圧剤をもらう生活を、ゆうに10年以上続けている。先日、薬局で奇妙な経験をした。新任の薬剤師さんから「ご主人ですか?」と問われたのだ。
ご主人? 「この処方箋はあなたの奥さんのもので、あなたはその奥さんの代理で今ここにきているのですね」と聞かれたのだとは思うけれど、真意はちょっとはかりかねる。通い慣れた薬局で聞かれたのも予想外で、思わず「どういう意味でしょうか」と聞き返してしまった。
すると少しあわてたように薬剤師さん、「いえ、結構です」と話題をそらす。が、しばらくすると、また「ご主人ですか?」。ああ、俺はいったい何を聞かれているのか。
ひょっとすると目に見えぬドッペルゲンガー(分身)が、私の隣にはいて、その彼を「あなたのご主人ですか」と聞かれたのだろうか。ばかばかしい。ありうるはずもない。しかしたとえドッペルゲンガー相手でも、他人に恭(うやうや)しくするのは悪いことではあるまい。
あるいは人と人との関係を「主・僕(しもべ)」(主人と奴隷、主人と奉公人)と見る立場を離れて、その質問は「己が己の主人になる」、禅の方でよくいわれる「随処に主と作(な)る」をふまえたものだったかもしれない。あなたは何の権威・権力も頼りとせず、両の足で大地を踏みしめ、真に自立していますか、と。
そんなことをもし本当に問われたのだとしたら、処方された降圧剤を放り出して薬局を逃げ出していただろう。あるいは案外、認知程度をふくむ高齢者の健康度をそれとなく確認する、薬剤師さんのやさしい声かけだったか。
稲垣 真澄(フリージャーナリスト)