名もないつながりがあっていい!|作家 永井紗耶子さん 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館

2024年03月01日

Category インタビュー

名もないつながりがあっていい!

作家 永井紗耶子さん

歌舞伎の芝居小屋を舞台に、「あだ討ち」事件の真相を目撃者たちの証言によって解き明かしていく『木挽町のあだ討ち』によって昨年7月、直木賞を受賞した。今、最も注目を集める歴史小説、時代小説の作家である。

 

 江戸時代の後期、文化・文政時代(1804〜30)になると、現代に通ずるものがあるという。 『木挽町のあだ討ち』は、窮屈な社会を不器用ながらに生き抜こうとする人々の姿を描き出す。

 芝居小屋は当時、「悪所」と呼ばれ、そこで働く人は「河原こじき」などと差別されていました。でも、そこは武士や町民をはじめ、芸を愛する多種多様な人たちが集まる場でもあったので、ある種、自由人というか、枠を外れた人たちが集いながら芝居をつくっていくということで、多様性がある場所だったのではないかと思うんですね。

 当時は封建社会ですから、身分制もしっかりしているし、あまり枠から外れた生き方というのが歓迎されない。今でいう「親ガチャ」のように、親によって大きく左右されてしまう。でも、そうした窮屈さから抜け出したい、これまでの価値観とは別の生き方を模索する人々が現れ始めた時代でもあります。武家出身ながら自由な芝居小屋に身を投じた篠田金治のように、自分らしく生きることを考え出す人もいたんです。新作の『きらん風月』に登場する栗杖亭鬼卵や、海保青陵もそうした人たちです。


 近著の『とわの文様』は、呉服屋の看板兄妹が織りなす江戸の人情物語。ある日、兄の若旦那がヤクザ者に追われる妊婦を連れてきたことで大騒動が起きる。人と人との出会いの妙。名もない新しいつながり、いつの時代にも変わらない人間ドラマが始まる。

 人と人の関係性のあり方に、型を決めないほうがいいのかもしれません。家族円満で幸せだというのは、本当に幸せなことであるんですけど、それは奇跡的な部分もあると思うんです。そうじゃなくて、支え合う人がいるということによって、すごく助けになるのではないでしょうか。

 友人が始めた児童養護施設の支援活動をたまにお手伝いさせていだくと、「家族の形」というものの難しさを痛感します。私たちはつい「ここから先は他人の出る幕じゃない」と遠慮してしまいがちで、それがかえって子どもたちを苦しめることもある。でも、他人だからこそ差し伸べられる手もあるはずです。

 人と人のつながりって、名前の付けられないつながりもあると思うんです。それは親子とか上司と部下とか友だちとかとも違ったり、恋人でもなかったりするかもしれないけど、何かゆるやかな人とのつながりみたいなものを是とするというか、ありだよねと言える状況がいっぱいあってもいいのかと思ったりするんですね。友だちに「親友だよね」と言った瞬間に、何かその人とのつながりがすごくいびつなものになっていくというか、型にはまっちゃうというか。「仲いいよね」ぐらいのゆるい感じがいっぱいあったほうが、生きやすい社会だと思います。

 

 

 

<Profile>

ながい・さやこ

神奈川県出身。慶応義塾大学文学部卒。新聞記者を経てフリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで活躍。2010年、『絡繰り心中』で小学館文庫小説賞を受賞。20年に『商う狼江戸商人杉本茂十郎』で細谷正充賞、本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞を受賞。22年、『女人入眼』が直木賞の候補作に。23年、『木挽町のあだ討ち』で第169回直木賞、第35回山本周五郎賞を受賞。近著に『とわの文様』『きらん風月』など。


きらん風月
定価:1,980円(税込)
(講談社)

写真・児玉成一

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