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デジタル時代 電力消費の行方を注視

デジタル時代 電力消費の行方を注視
深慮遠望VOL.11

 「えっ、コンピューターって、そんなに電気をくうの」と知ったのは、テレビの「暗号資産(仮想通貨)」の解説番組だった。例えばビットコインだが、マイニングと呼ばれる発行作業にはコンピューターによる猛烈な計算が必要で、電気をむさぼるらしい。消費電力がノルウェーの国全体に匹敵すると聞いてびっくりした。

 実はこれを見たのは2年ほど前だったが、今年になって新聞記事にまた驚いた。デジタル社会の要となるデータセンター。インターネットでやりとりする膨大なデータを管理する施設だそうで、サーバー(コンピューター)や冷却装置、非常用電源などが備えられているという。

 記事には「データセンターの世界の電力消費の合計はすでに日本全体の5分の1。机上の単純計算だが、今の節電技術のままだと電力消費はデータ量の急増に比例して2030年には15倍、50年には2500倍に膨れあがる」とあった。典拠は科学技術振興機構の低炭素社会戦略センターの将来予測だ。

 「30年の15倍」では計算すると3兆kwhになるが、これは現在の日本全体の3倍にあたる。「50年までに電力消費を1000分の1に減らす革新的な技術開発が不可欠」と指摘していた。 データセンターが集まっているという千葉県印西市。思い立って北総鉄道で千葉ニュータウン中央駅へ行った。貸自転車で5分もこぐと、街路樹の向こうにそれらしいものが。7、8階建てが多く、オフィスビルと違って窓はほとんどない。なるほど、これは「データの倉庫」なのだ。道を隔てれば、戸建て住宅が連なりニュータウンの雰囲気を醸す。

 行政やビジネスなど多分野でIT(情報技術)化が進むほどデータ量が増えるのは自明。繁華街の照明と違って、コンピューターの電力は実感しにくい。なのでIT産業は「軽薄短小」のイメージだったが、「倉庫群」を見て、これは「重厚長大」だ、と妙に納得がいった。

 

 

井上 憲司(元社会部記者)

学校で「疾風怒濤」という言葉を教わった。妙に「そうか」とうなずいた。友だち同士で習いたてのこの言葉を振り回し、いい気になっていた。十代の終わりごろで、意気軒昂だった。
 半世紀以上たって、いきなり疾風怒濤の中に投げ込まれた。一昨年以来、未知の病気がまん延し、世界中が嵐の中を航海している様相になっている。いつ横波に襲われて、生活という船が転覆するか知れない。
 若いころの無鉄砲さも影を潜め、世渡りの術も少しはおぼえ、「こんなものか」と自分と折り合いをつけたと思っていた矢先、そのような世間知がまったく間に合わない事態に直面した。毎日毎日が「きょうはどうするか」の連続だった。
 理不尽だが、現実だから、みなで知恵を出し合って、世界的規模のこの困難を乗り越えていかなければならない。
 昔読んだ柴田翔の『されど われらが日々―』の終章の言葉を思い出す。

時代が違うから違う困難ではあったけれども︑困難があるという点では同じだった。(略)だが、私たちの中にも、時代の困難から抜け出し、新しい生活へ勇敢に進み出そうとした人がいたのだ。

自分でなくてもいい。自分たちの中から明日への希望をもって、あゆみ出す人のいること、その姿がみなの希望になる。
 本願寺第8代の蓮如(1415 〜1499)は、宗祖親鸞の命日を「明日」と書いている。戦国乱世のただ中で、死という人生の総括の日を明日への出発と受け止めた感性はすばらしい。

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