もう寝る

 

「よく寝ている人間には敵わない」。何かのＣＭで見た。出産直後から慢性的な睡眠不足。寺務に執筆活動まで欲ばっている私は、常に殺気立っている。わが子から一瞬でも目を離したら死んでしまうかもしれないと、極端に自分自身を追い詰めている。そうしないと、寝てしまうから。

　そんな私と一緒に暮らしている夫も気の毒で、私の機嫌を察し、夕飯を済ませるとすぐに寝床に入る。私にはまだ洗い物があるというのに。「いいねえ、早く寝られて」私が嫌みを言うと、「僕がやるよ」と身を起こす。「やめて」と私。夫が洗い物をすると毎回洗い残しがあり、結局一からやり直す羽目になる。「丁寧にやるから」「いいって！」。私が悪いのはわかっているけれど、洗い残しのカスが食器棚で眠り、それが子どもの口に入るかと思うとめまいすらする。

　夫が寝入ったのを確認して、高速で洗い物を終わらせ、ついでに洗濯もする。寝ればいいのに、缶チューハイを開け、韓流ドラマを見る。這うようにして寝床へ入り、目を閉じれば、気づいた時にはもう朝。泥人形のように起き上がり、キッチンへ行くと、夕べ私が洗ったお皿がテーブルいっぱいに並べてある。「何これ？」。夫がすべて洗い残しのついたお皿だと勝ち誇ったような顔で言う。夫のささやかな復讐に完全に目が覚めたのはいいけれど、腹が立って腹が立ってもう。

 

 

堀江 彩木

諦聴寺坊守。ねじめ彩木のペンネームにて、数々のテレビドラマの脚本を手掛ける。