家族を奪わないで

　埼玉県桶川市で暮らす日本人の老夫婦を訪ねた。呼び鈴を鳴らすと、笑顔で出迎えてくれたのは、仮放免の外国人、ピエールさんだった。ピエールさんは、アフリカ出身の難民申請者。民族紛争で父親や息子を殺され、家族はバラバラになった。母国では精神科医になる勉強をしていたが、日本に逃れてからは、1年にわたり入管に収容されていたこともあった。

　そんなピエールさんは、今、伏見功さん(82）と美恵子さん(77)夫妻と同居し、身体の自由が利かなくなった二人の暮らしを支えている。難民申請者の支援に関心のあった娘の操さんの提案で、夫妻はピエールさんを迎えた。功さんは「助け合わないか？」と真っすぐ目を見て伝えた。ピエールさんは料理からトイレの介助までできることはなんでも手伝う。まさに家族だと功さんは語り、ピエールさんは笑いながら「ここで新しいお父さん、心の中に入った」とはにかむ。

　しかし今、この家族は再び引き裂かれようとしている。改定入管法の施行で、いつ強制送還されてもおかしくない状況になった。美恵子さんは「お父さん、涙が出てきちゃった」と言って功さんの手を握った。取材の最後に「日本人に何を伝えたいか？」と尋ねると、ピエールさんはこう呟（つぶや）いた。「大好き」。家族は顔を見合わせながら笑い、そして涙を拭った。

 

堀 潤（ジャーナリスト・キャスター）

1977年、兵庫県生まれ。2001年にNHK入局。「ニュースウォッチ9」リポーター「Biz スポ」キャスター等、報道番組を担当。2012年、市民ニュースサイト「8bit News」を立ち上げ、2013年4月1日付でNHKを退局。現在は、TOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」のMCをはじめ、AbemaTV「AbemaPrime」、読売テレビ「ウェークアップ」などに出演し、国内外の取材や執筆など多岐に渡り活動中。2020年、自身で監督、出演、制作を行った映画「わたしは分断を許さない」を公開。