母たちは帰りを待っている

　先日、パレスチナを訪ねた。ガザでは戦闘から９か月で死者数が３万８千人を超えた。壊滅的な飢餓に見舞われ１１０万人以上の人たちが苦しみの果てにいる。イスラエル軍の空爆によって殺された我が子の肉片を抱きしめる親たちの姿は直視できないほどの地獄だ。一方、西エルサレムではユダヤ人の若者たちが「虐殺をやめろ」と自らの政府に停戦を迫っていた。

　そうした中、私は、世界から見過ごされた「もう一つのパレスチナ」を訪ねた。パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区だ。ここでも昨年10月以降死者は５００人を超え、９０００人以上が不当に拘束された。イスラエル側が性的な暴行や水責めなど拷問を行っていると国連が指摘した。難民キャンプのあるジェニンに入ると町中のアスファルトは引き剥がされ、砂(すな)埃(ぼこり)が舞う中、悪路を救急車が行き交っていた。断続的にドローンが空爆を続けていた。

　自宅にいながら向かい側の建物に潜んでいたスナイパーによって息子を殺された母親と出会った。血を吹き出して倒れた兄を弟が支えた。救急車が駆けつけたが破壊された悪路のせいで病院への到着が遅れた。「あと10分早かったら」と母親は医師に息子の死を告げられた。彼女は言う。「想像して下さい。これから私は息子を埋葬するんです。世界中の母親たちはいつも息子の帰りを待っています」。

 

堀 潤（ジャーナリスト・キャスター）

1977年、兵庫県生まれ。2001年にNHK入局。「ニュースウォッチ9」リポーター「Biz スポ」キャスター等、報道番組を担当。2012年、市民ニュースサイト「8bit News」を立ち上げ、2013年4月1日付でNHKを退局。現在は、TOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」のMCをはじめ、AbemaTV「AbemaPrime」、読売テレビ「ウェークアップ」などに出演し、国内外の取材や執筆など多岐に渡り活動中。2020年、自身で監督、出演、制作を行った映画「わたしは分断を許さない」を公開。