お釈迦さまが伝えられたこと | 真宗会館コラム | 真宗大谷派(東本願寺)真宗会館
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法話

お釈迦さまが伝えられたこと

お釈迦さまが伝えられたこと

法話「お釈迦さまが伝えられたこと」
2015年7月4日
市民講座受講生東本願寺参拝
講師:古田 和弘 氏(大谷大学名誉教授)

講師プロフィール・メッセージ

古田 和弘 氏

お釈迦さまが伝えられたこと

ここは、浄土の教えを守っていこうとする場所、真宗本廟(しんしゅうほんびょう)であります。
ご承知の通り、真宗は、たくさんある仏教の宗派の一つです。しかし、真宗という意味は、それだけではないのです。それは、仏教の真(まこと)の宗(むね)を明らかにしようとする教えを伝える集団なのです。約2500年前のお釈迦(しゃか)さまの教えの真実を伝えようとしているところであります。

お釈迦さまの教えは、極めて単純明快です。人はなぜ悩まなければならいのか。人はなぜ悲しまなければならないのか。なぜ、他人と争わなければならないのか。そして、どうすれば、人は悩まなくて済むのか。どうすれば、悲しまなくて済むのか。どうすれば、人は争わずに済むのか。お釈迦さまは、その答えを命がけで探し求められたのでありました。そして、その答えを見つけられたのでした。その答えがお釈迦さまの覚りの内容なのであります。
人の悩みや苦しみ、争いの原因は、煩悩(ぼんのう)であることをはっきりお示しになられました。自分では気がつかなくても、私たちはいつも煩悩に支配されています。だから悩みや悲しみを経験しなければならないというのです。しかし、だからと言って、その煩悩を今日からなくしましょうというわけにはいきません。気がついたからと言ってやめるわけにはいきません。むしろ、煩悩をなくそうとすること自体が、煩悩のはたらきでありますので、そんなに簡単なことではないのです。

お釈迦さまの教え方は「病に応じて薬を与える」という方法であったとよく言われています。例えば、下痢をしている時に目薬を与えても治りません。つまり、人それぞれに病が違いますから、その病に応じて適切な薬を与えなければなりません。また、同じ人でも、その時々の病状に応じた薬を与えなければなりません。それがお釈迦さまの教えの説き方だったと伝えられているのです。それぞれの人の状態に合う教えを説き示されたわけであります。その教えの全体を見れば、悩みや悲しみや争いは、煩悩が原因となって生ずるということが明らかにされているのであります。
「私は幸いにも煩悩を克服することができて、ものすごく気持ちが楽になり、胸のつかえがなくなり、そして堂々と生きていけるようになり、そして堂々と死んでいけるようになりました。」
このように、お釈迦さまはお感じになられ、人びとにご自分の経験を語っておられます。そして煩悩との向き合い方を教えられたのでした。その教えを学んで、完全に煩悩を克服した人が何人もおられたと伝えられています。その人たちを「阿羅漢」(あらかん)といいます。煩悩をなくして阿羅漢になると、心に何もわだかまりが起こらないのだそうです。例えば、舍利弗(しゃりほつ)というお弟子さんや、目連というお弟子さん、他にも大迦葉(だいかしょう)や須菩提(すぼだい)や富楼那(ふるな)などのお弟子さんがそうであったと伝えられています。
ところが、お釈迦さまは、それらの弟子たちに対して「君たちは煩悩をなくしたけれども、それでだけでいいのですか? そこにとどまっていていいのですか?」と厳しく戒められています。なぜなら、煩悩がなくなると、煩悩を持った人との接点がなくなるからです。思いがすれ違ってしまうのです。誰かが悲しんでいても、なぜ悲しいのか、自分に煩悩がなければ、それが理解できないのです。苦しんでいる人、場合によっては喜んでいる人、その人たちの気持ちがわからなくなるのです。そのことをお釈迦さまは指摘されたのです。

古田氏2 お釈迦さまは、もちろん完全に煩悩を克服して阿羅漢になられたのですが、その阿羅漢の状態にとどまらず、その境地を突き抜けていかれたのです。ご自分には煩悩がなくとも、煩悩を抱えている人の心の中を見抜けるようになっておられたのです。それが仏さまなのです。
お釈迦さまの本来の願いは、すべての人びとが穏やかに生きていってほしいということだったのです。自分が煩悩をなくして、ただ個人の利益の完成を喜んでいるだけでは、他の人に利益を与えることができません。そこで、お釈迦さまは「菩薩」(ぼさつ)という教えをお説きになられたのです。
菩薩というのは、多くの人びとを救いに導くという志をもって、そのことばかりを求めて懸命に努力している人のことです。この方々も、もちろん煩悩は解決しておられます。けれども、それだけにとどまらず、煩悩のない清らか状態を踏み越えて、煩悩だらけの世界で十分なはたらきをされるのです。その願いや志に生きられた結果が仏さまなのです。「私と同じように、仏になるために、菩薩の志をもって人びとと接していきなさい」と、お釈迦さまは教えられました。また菩薩の精神は、誰も排除することなく、すべての人びとを一緒に導いてあげようとしますので、「大乗」(だいじょう)とも言われています。それは、一度に大勢の人を運ぶ大きな乗り物ということです。
菩薩という生き方が大切であるということは理解できますけれども、しかし、菩薩としての志を実現するのは、簡単なことではありません。菩薩の道を進むには、「六波羅蜜」(ろくはらみつ)という、六つの項目を修行して、それらを完成させなければならないとされています。しかも、初めて志を立てた菩薩が、修行を完成させて仏になるまでの間には五十二の段階があるとされています。最初の段階で六項目を完全に成し遂げ、二番目の段階でも、また六波羅蜜の行を成し遂げるというように、それぞれの段階で六波羅蜜の行を完成させて、五十二の段階を踏み越えると、仏になるとされているのです。仏(ブッダ)とは「真実に目覚めた人」という意味です。お釈迦さまがご自分の経験を通して、これだけの段階を経て「目覚めた人」になることお示しになっているということです。

 

念仏の伝統

二世紀から三世紀頃のインドに、龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)という天才的な方が出られました。日本でも「八宗の祖」(はっしゅうのそ)と仰がれておられる人であります。それは、八つの宗派の祖という意味ではなくて、「八」というのは多いという意味ですから、日本のたくさんの宗派の祖ということです。日本の主だった宗派の教えをさかのぼれば、すべて龍樹菩薩に行き着きます。そして、龍樹という人からお釈迦さまの教えに直結しているわけです。

 その龍樹菩薩も、お釈迦さまの教えに従って、菩薩の行、六波羅蜜の行を実践され、五十二段階の行を進められました。一段一段と成功して、高い境地に上っていかれたのですが、実は、四十一番目の段階で、龍樹菩薩は完全に行き詰まってしまわれ、絶望してしまわれたと言われています。「自分のような人間は、そもそも修行を続ける資格がないのだ」と。
ところが、お釈迦さまは、そういうことも必ず起こると予見しておられたのです。そして行き詰った場合の教えもすでに示しておられたのです。龍樹という方は、自身の経験も踏まえて、お釈迦さまの教えを整理されました。そして学びとるのに難しい方法と、易しい方法とがあることを、お釈迦さまがすでに教えておられることに気づかれたのです。
一つは、自分の脚力を頼りにして目的地まで歩く方法です。けれども平坦な道ばかりではないでしょう。山あり谷あり、時には崖を通るわけです。龍樹菩薩は、その難しい方法を続けて目的地まで行こうとされたけれども、途中で行き詰ってしまって、それ以上は前へ進めなくなってしまわれたのでした。

しかし、陸路を進めない場合のために、もう一つの方法が用意してあったのです。それは、水路を船で進んで、目的地まで連れて行ってもらう方法です。誰でも乗れる船が用意されているので、それに乗せてもらって運んでもらうのです。だから易しい方法なのです。その教えが別に説かれていたことに気づかれた龍樹菩薩は、その易しい方法に転向なされたのでした。
同じ目的地に向かうにしても、難行(なんぎょう)の陸路を進むのか、それとも、易行(いぎょう)の水路を選ぶのか、二つの方法があるというが、龍樹菩薩がご自身の体験によって示された教えだったのです。
龍樹菩薩のこの教えをどうのように見るかによって、仏教の各宗派の教義が二分されています。一つは、懸命に菩薩の行を進めようとされた龍樹菩薩の求道のお心を敬う教えです。つまり、龍樹菩薩が挑まれた陸路を進もうとする難行の教えです。自己の高い志と努力によって、仏の覚りに近づこうとする学び方です。
もう一つは、菩薩の行に挫折された龍樹菩薩のご体験に注目する教えです。ご自分の力の限界を痛感されて、「船に乗せてもらうしかない」として、易行の水路を選ばれた龍樹菩薩のお心を深く大切にする見方です。これが、浄土教のなかで敬っている龍樹菩薩なのです。
問題は、自分は難しい修行を完遂することができる人間なのか、それとも、できない人間なのか、自分をどう見極めるかによって、龍樹菩薩への敬い方が分かれていきます。
船に乗せてもらって易行の水路を進むしかないというのが浄土の教えなのですが、その船は、「阿弥陀仏の本願」(あみだぶつのほんがん)ということです。「本願」とは、「本(もと)からあった願い」ということです。お釈迦さまは、「君たちは愚かで、まともな力はないのだから、修行に励んだところで、必ず挫折することは初めからわかっている。ところが、阿弥陀仏という仏さまが別におられて、君たちが行き詰るのを待ち構えておられるのだ。そして、何とかして救ってあげたいと願い続けておられるのだ。だから、阿弥陀仏の本願に従いなさい」とおっしゃっているのです。龍樹菩薩は、ご自身がこの本願に願われている事実に気づかれたのでありました。

このようにして、「自力」(じりき)ではなく、阿弥陀仏の本願という「他力」(たりき)にお任せする浄土の教えが確立したのです。そしてこの浄土の教えに従われた方々が次々と出られたのであります。インドでは天親(てんじん)という方や、中国では曇鸞(どんらん)、道綽(どうしゃく)、善導(ぜんどう)という方々が出られました。これらの方々は、いずれも、「自力」の限界を痛感され、自己へのこだわりを捨てられたのです。そして、すべての人びとを救おうとされている阿弥陀仏の願いに随順するしかないとされたのです。そのためには、「念仏」(ねんぶつ)の教えに従うしかないとされたのでした。
お釈迦さまは、すべての人びとを救うために、阿弥陀仏は、誰にも、もれなく「念仏」を施し与えられているのだから、その「念仏」をありがたく受け取ればよいのだ、と教えておられるのです。お釈迦さまは、誰にもできる、やさしい方法として、二種の「念仏」を教えられました。一つは、阿弥陀仏を心に念じ続ける「観想の念仏」(かんそうのねんぶつ)です。いま一つは、阿弥陀仏のお名前を口に称(とな)える「称名の念仏」(しょうみょうのねんぶつ)です。しかし、口に「南無阿弥陀仏」(なむあみだぶつ)と称える念仏、「称名念仏」は、実は、中国の善導という方から明確になったのです。
もともと、中国に伝えられてきた「念仏」は、「観想念仏」が主流をなしていたのです。これは、菩薩の行である「六波羅蜜」よりも、はるかに易しい、誰にもできる方法とされていたのです。それは、精神を集中する修行によって、一切の雑念を捨て、心の中を静かで純粋な状態に保ちながら、ひたすら、阿弥陀仏のことだけを念じ続ける行なのです。これが、インド・中国を通じて広く行われてきた「念仏」でありました。「南無阿弥陀仏」と称える「称名念仏」は曇鸞・道綽などの方々が大切にしておられましたが、それは主流ではありませんでした。

けれども、善導大師は、阿弥陀仏を念じ続ける「観想念仏」は、確かに、お釈迦さまの教えとして、お経に説いてあるけれども、そういうことが出来る人は限られているのではないか。自分にはとても無理だ、と疑問に思われたのです。そこで善導大師は、あらためて、さまざまなお経を学び直されたのでした。そうすると、それまでまったく読み取れていなかった教えがあったことに気づかれたのです。『観無量寿経』のお経の中にその答えがあったのです。「力のある人で、この方法が出来る人はそれをしなさい。何もできない人はこうしなさい」と説いてあったのです。  「厳しい修行なんてできないでしょう。そういう人は阿弥陀様の名前を呼べばいいのです」と、お釈迦さまは、すでに『観無量寿経』に説いておられたのです。そこで善導大師は、「南無阿弥陀仏」と称える「念仏」の意味を仏説として明確にされたのでした。これがいまの「南無阿弥陀仏」なのです。この善導大師の教えが日本に伝わって、法然上人、親鸞聖人、そういう方々によって「称名念仏」の意味がさらに明確になり、念仏の場所が開かれていったのです。その中心がこの本願寺であります。
そういう流れの中で、東本願寺というこの場所は、いわば「南無阿弥陀仏」がはたらいているところなのです。もっというと、本願寺ですから、阿弥陀仏の本願がはたらいているところなのです。本願は本(もと)からある願いです。そのことを誰も知らなかったのです。お釈迦さまだけが知っておられたのです。この願いは、いつでも、誰にもはたらいているのに、なぜか気がつかなかったのです。
難しい修行をするというのも、仏の覚りに近づくための一つの方法だけれども、しかし、阿弥陀仏のその願いに随うも一つの方法だと、お釈迦さまは教えておられるのです。そうすると、あなたはどちらを選ぶのかということが問われます。まず基本にあるのは、自分は難行に挑戦する器量があると思うのか、それとも「念仏」しか、頼るものはないと実感するのか、ということです。 親鸞聖人が教えられた「念仏」は、私には方法がそれしかないということです。自分は、どの方法も足元にも及ばない。だから、これに随うしかないということなのです。むしろ、選ばれたのは、阿弥陀仏であって、親鸞聖人ではないのです。阿弥陀仏は、親鸞聖人に対して、「君にはこれしかないよ」と選んで与えておられるのです。聖人は、ご自分のために選ばれて与えられた「南無阿弥陀仏」を大切に大切にしていかれたのです。それが親鸞聖人という方のご信心の基本であると思あれるのであります。

素直な心

そういう親鸞聖人の教えによって、そのお心を多くの人びと感じ取って、あらためて、自分の身を眺めて見ると、自分は、どうにもならない、愚かで情けない生き物であることに、否応なしに気づかされるというのです。「自力」の難行などとは程遠い自分が見えてくるのです。そこで、ふと気がつくと、親鸞聖人が、ご自分のご経験を通して教えられた「念仏」の教えに耳を傾けてしまっていたというのです。それが私たちのご先祖の生活だったのではないでしょうか。だから、人びとは「念仏」とは言わずに「お念仏」と言い伝えてきているのです。自分の思いで称える「南無阿弥陀仏」ではないからです。阿弥陀仏から、与えられている「南無阿弥陀仏」だからです。

人は、自分には、自分の思いの中で確立できるものは何もない、施し与えられている「南無阿弥陀仏」しか残ってないことに気づくのです。ありがたいことに「南無阿弥陀仏」だけは用意されているのです。だから、これを無視したり、背を向けたりする理由がないのです。これしかないなと、素直に受け取るしかないのです。それを「信心」といいます。
「信心」という言葉には、多くの誤解があるように思います。信じたらどうなるか、信じなかったらどうなるか。信じる方がいいのか、信じなくてもいいのか。それらは信心でも何でもないでしょう。それは、自分に都合のよい結果を得ようとする打算でしかありません。「信」という言葉をたどってみると、一番近い意味は「素直な心」ということではないかと思います。つまり、阿弥陀仏が願っておられる願い、お釈迦さまが何とかして伝えようとされた教え、ご自分に起こっている事実をはっききと見据えられた親鸞聖人の教えに対して、素直になるということです。自分の都合というこだわりを離れることです。しかし、人はそう簡単には素直になることができません。二十四時間、素直である人間はまずいないのです。けれども、時として何かの機会に、ふっと素直になれる瞬間があります。その一瞬を大事にしていこうということになります。そこにうなずき、命がある限り「お念仏」に素直になって、一瞬、一瞬、素直な気持ちで「お念仏」を受け取ってきたのが真宗の歴史であります。
親鸞聖人は、明日どうなるかわからない状況の中で生きている人たちに対して、あなたには「お念仏」しか残っていないと勧められました。この真宗本廟は、強大な権力をもった人、莫大な財産がもった人が作った場所ではありません。ほんとに、明日まで生きられるどうかかわからない人びとが、「お念仏」に促される素直さによって、力を合わせて造営してきたのです。それは、自分たちの喜びの思いを形に現わしたのです。阿弥陀仏への素直な心、そういう心が確かめられる場所なのです。そういう心が動き始める場所なのです。だからこの「場」が重要な、そして特別な意味を持っているのです。東本願寺は、ただの空間ではありません。本願を喜ぶ思い、これしかないという思いが渦巻いている「場」なのです。そういう「場」をお互いに感じ取り合いたいと思う次第であります。

 

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